* ターシャ・テューダー

『クリスマスのまえのばん~サンタクロースがやてきた~』

先日実家に行った時に、ターシャさんの絵本があったので借りてきました。

この『クリスマスのまえのばん』(The night before Christmas.)は、
甥が小さかった時のもので、1980年の発売の本なのですが、
現在発売されているものとは、表紙が違うのです。

と言うのも、現在の本は、1999年にターシャさんが全面的に描き直した、
オールカラーの新版なのです。

1980年版はオールカラーでは無いのに、現在のものより値段は高いのですよね。
ページ数が違うからなのでしょうが…。

ところで、この本の挿絵は、ターシャさんが何歳の頃に描かれたのでしょう…
自分の子供たちや孫、飼っている動物達をモデルにしていたターシャさんですが、
この本に描かれている「とうさん」は、誰がモデルなのかしら…?
また新版には、どんな「とうさん」が描かれているのでしょうね…?

『思うとおりに歩めばいいのよ』と『小径の向こうの家』を、母に持って行きました。
「あげるんじゃなくて、貸してあげる。」と…それでも喜んでくれました。

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『クリスマスのまえのばん』…季節外れでしたね…失礼しました。
詩人/クレメント・クラーク・ムア
画家/タシャ(ターシャではなく)・テューダ-
訳者/中村妙子 偕成社

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三角ショール(ターシャ風)…(2)

先日、記事にした「ターシャ風の三角ショール」ですが、
納得出来なかったので、最初から編み直しました。
今度は、8号で緩めに編んだため、ソフトに仕上がりました。

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<寸法>…底辺…140cm(260目)、高さ67cm
<毛糸>…並太…40g(約75m)×7,5玉
<用具>…輪針8号(80cm)1本…途中で長く感じ、短いものに替えました。
       かぎ針、毛糸用とじ針

編み方などは、こちらを参考に…

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三角ショール(ターシャ風)

もうすっかり春になってしまいましたが、ターシャ風ショールを編みました。
使うのは次の冬ですね…
(「桃の節句」に「梅」、この時期に「ショール」とは…我ながら呆れます。)

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ターシャ風三角ショールは作り直しました。写真はこちらです。

編み方は、もちろん、ターシャさんを真似してガーター編みです。
ガーター編みの平編みは、最初に覚える編み方ですからね。
目の状態の悪い今頃に、おあつらえ向きでした。
(一週間掛かってしまった…)

ところで、編み物で一番面倒なのが、ゲージなんですね。
本の通りに作る場合でも、編む人(手)によってゲージが変わるので、
計算は欠かせないのですね。

特に面倒なのが、袖、袖ぐり、襟ぐりの増減、肩の引き返しなどの計算で、
計算機が普及する以前は、そろばんを使っていました。

でも、今回は簡単。
(20cm位を何段か試し編みし、10cmが何目かを調べておく必要があります。)

編み方などは…

続きを読む "三角ショール(ターシャ風)"

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『ターシャ・テューダーの世界』

『ターシャ・テューダーの世界』も図書館で借りました。
も内容は、これまでの本と重複していたので、サッと目を通しただけですが、
写真も見覚えのあるものが多いのですが、拡大鏡片手に、じっくり見ました。

『ターシャの家』ではベッドルームの紹介がありませんでしたが、
この本には、天蓋付き用のベッドの一部が写っていました。

肝心の天蓋は見えませんでしたが、『小径の向こうの家』に載っていたのと同じ、
アンティークのベッドだと思われます。

ベッドルームには、金の置き時計や懐中時計、
お約束の陶器の水差しと洗面器のセット、
チューリップが植えられた陶器の植木鉢がありましたが、
中国の陶器なのでしょうが、有田焼きの山水染付にも似ています。

気になったのは、ベッドルームの棚に置かれた陶器のティーセットや、
やキッチンの棚に無造作に積み重ねられた陶器類です。

埃やなどは、使うたびに洗えば済みますが、落とさないかと心配…
地震大国に暮らす私の老婆心ですね。

日本人のお年寄り(戦争体験者)も、物を大切にしますが、
きっとターシャさんも、お気に入りを長く大切に着ていたのでしょうね。

ワンピースの裾と袖口がすじ切れしていたり、袖の外側は色褪せがありました。
スカート部分には、かぎ裂きが繕ってあったり…

昔「ターシャ展」で展示されていた、赤いタックスカート(ソフトプリーツ)を
履いている写真もありましたね。

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『ターシャ・テューダーの世界』~ニューイングランドの四季~
(原題 The Private World of Tasha Tudor)
ターシャ・テューダー/著 リチャード・W・ブラウン/写真
相原真理子/訳 文藝春秋

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『ターシャ・テューダーのドールハウス』

“「ドールハウス」は女の子の永遠の憧れ、元女の子にとっても…”
とまでは思いませんが、ドールハウスに限らず、
ミニチュアに惹かれる女性は多いと思います。

たとえば雛人形のお道具類や豆本とか、
子供の頃に集めた「おまけ付きグリコ」の家財道具とか…
男の子だったら、プラモデルやミニカーでしょうか…

私も「ドールハウス」を欲しいと思った事こそありませんが、
もし近くに、アンティーク・ドールハウスの博物館なり展覧会があれば、
是非見てみたいですね。

雛人形と言えば、私の実家には「御殿飾り」がありましたが、
あれはまさに、純和風ドールハウスでしょうね。
江戸時代にも、職人さんが作った精密なミニチュアのお店がありましたよね。

肝心のターシャさんのドールハウスですが、さすがに見事ですね。
前面がオープンタイプながら、細部に至るまでコーギコテージが再現されていて、
温室やヤギ小屋まであるのですから…また道具類の多さにも驚かされました。

この本を見るまで、単細胞の私は全てターシャさんの手作りかと思っていましたが、
多くのプロの職人さんの手によって、作り上げられたものだったのです。

人形やドレス類はターシャさんの作ですが、小物の中には買った物もあり、
息子セスさんの妻マージョリーさん製作の、見事な椅子もありました。

ところで「ドールハウス」に詳しくない私は、
昔何かで、“ドールハウスには人形は置かない”と聞いたことがあって、
そういうものかと思っていましたが、これは日本独特らしいですね。

“ドールハウスの住人は自分”という日本人的考え方の方が、
ロマンティックで、より空想の余地が大きいような気がします。

自分の分身である人形を置いて、洋服や小物を手作りしたい気持ちは私も同じ、
でも、もし私がドールハウスを持ったなら、敢えて人形は置かないでしょう。

ターシャさんのドールハウスの主は、サディアス・クレーン大佐です。
それまでの女性の顔にヒゲを付けただけの顔に、不満を抱いていた彼女は、
大佐を男らしく仕上げました。

サディアス大佐の妻で、ターシャの分身エマは、実は二人目の妻なんです。
最初の妻の名は、メリッサ・シェイクスピアと言い、
盛大にお披露目もされたけれど、エマが現れた途端、
サディアスの情熱はエマに向けられてしまったのだとか…
サディアスとメリッサは円満に別れ、以後エマが大佐の妻となりました。

勿論、移り気はサディアス大佐ではなく、ターシャさんなのですけどね…
でも仕方ないですよ。
メリッサは、叔母イーヂア・パーシェスの人形を譲り受けたものですが、
エマは内蔵まである、ターシャさんご自慢の作品ですからね。

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『ターシャ・テューダーのドールハウス』~ミニチュアの世界~
(原題 Tasha Tudor's Dollhouse A Lifetime in Miniature)
ハリー・デイヴィス/著 ジョイ・ポール/写真 相原真理子/訳 文藝春秋

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『ターシャの家』

きのう図書館から、ターシャさんの本を3冊借りてきました。
『ターシャの家』『ターシャ・テューダーの世界』『ターシャ・テューダーのドールハウス』
です。(『ターシャの家』は、「言葉シリーズ」同様、日本のオリジナルです。)

バーモントに建つコーギコテージは、
56歳の時『コーギビルの村まつり』の印税で、念願だったバーモントの土地を購入し、
家具職人(それ以前は教師)の長男セスさんが、
ターシャさんの友人の古い農家をモデルに、2年かけて、たった一人で建てた、
新しくて古い、ターシャさんの理想の家なのです。

とても人家とは思えない、外観も内部も、まるでミュージアムのよう…
と言うのも、アンティーク家具や道具類のせいなのですが、
日本人の家のように、磨かれていないからでもあるのですね。
床にしても、家具にしても、調理器具にしても…

それに、バンドリーの戸棚に置かれたビニール袋入りの砂糖(又は粉類?)は、
口が開いたままなんです…
これは、ターシャさんがアメリカ人だからなのでしょうか…?
それとも、こだわらない性格だからなの…?

それは兎も角、やりたい事と、やらなければならない事の多過ぎたターシャさん
なのですから、そんな時間は無かったのでしょうね。

リビングやキッチン、アトリエ、納屋、ガーデンの他に、
ドレスや小物などの写真はありましたが、ベッドルームとバスルームは無かった…
プライベート部分ですからね。

ターシャさんだって現代人、何もかもアンティークであるはずもなく、
冷蔵庫も、電気コンロも、電気スタンドもあるし、蛇口をひねればお湯が出る暮らし。
意外にも、キッチンの棚には、プラスティックの密閉容器がありました。

ところで、ターシャさんの冷蔵庫の扉には、
何枚もの詩の写しや切り抜きが貼られてありました。
その中の一部分です。

年齢による分別を快く受け入れよう。
若さにしがみつくことなく、しなやかに手放そう。

突然の不幸に立ち向かえるよう、精神をきたえよ。
しかし、暗い想像で、打ちしずんではいけない。
不安の多くは、疲れと孤独から生まれる。
自分を律するのはいいが、それ以上に、自分に優しくせよ。

~マックス・アーマン「デシデラータ」から抜粋~
↓の部分に、アンダーラインが…
Take kindly the counsel of the years, gracefully surrendering the things of youth.

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『ターシャの家』(Tasha's Delightful House)
ターシャ・テューダー/著 リチャード・W・ブラウン/写真 食野雅子/訳
メディアファクトリー

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『小径の向こうの家』

『ターシャ・テューダーの人生』は中途放棄となってしまいました。
他の本より客観的だったのかも知れませんが、忍耐力が足りませんでした。

ターシャの長女ベサニー・テューダーが書いた『小径の向こうの家』は、
私が是非とも欲しいと思っていた本なのですが、
敬愛して止まない母への想いが、本全体に溢れていました。
(食野雅子(めしのまさこ)さんの訳にも愛を感じました。)

原題は、「DRAWNN FROM NEW ENGLAND」と言って、
ターシャ自身の写真は勿論のこと、彼女を巡る人々の写真や、
ターシャが手がけた作品を交えながら、
生い立ちから、現在(1979年に刊行)に至るまでが、娘の目で綴られていました。
(翻訳本は10年前の今日1999年2月20日初版)

さすがに赤ちゃんの時のターシャは丸々として、
屈託のない笑顔を見せてくれましたが、
少女時代以降の彼女はスレンダーで、アゴを引き傾げた表情は控え目でも、
その眼差しからは、意志の強さが感じられるのです。

写真こそありませんでしたが、
父(ターシャの夫トム・マクレディ)のことも、少しだけ書かれていて、
『ターシャ・テューダーの人生』とは違うイメージに、ホッとしたりもしました。
やはり親子は、永遠に親子なのでしょうね。

あんなに華奢で、たおやかな感じのターシャ・テューダーなのに、
実は、強靱な精神と肉体の持ち主だった訳ですね。

よく激しい人生を送った人の事を、“人の何倍も生きた”などと言いますが、
彼女は私の100倍も、いえ、比較出来ない程の人生を送られたのですよね。

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『小径の向こうの家』~母ターシャ・テューダーの生き方~
(DRAWNN FROM NEW ENGLAND by Bethany Tudor)
ベサニー・テューダー/著 食野雅子/訳 メディアファクトリー

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『ターシャ・テューダーの人生』

アンティークドレスは素敵です。
アンティーク家具も素敵です。
緑に囲まれた、田舎でのスローライフにも憧れます。

でも、アンティークドレスでの家事は大変そうですし、お手入れも面倒そう…
それに、便利さを知ってしまった現代人に、
電気もガスも水道も無い暮らしは、続けられるものなのでしょうか?
憧れだけでは無理でしょう。余程の覚悟と執着心がない限りは…

自らの意思とは言え、ターシャさんも、ニューハンプシャーに電気が通った時に、
真っ先に買ったのが洗濯機なんだそうですから。

田舎暮らしを望んで無かったターシャさんの夫にしても、
妻のライフスタイルに付き合わされて、さぞかし忍耐を要した事でしょう。
田舎暮らしに喜びを見出せず、妻の元を去ったとしても仕方の無い結果なのでは?
そう思っていました。今までは…

ところが、
長年、ターシャ・テューダーの研究をしてきたハリー・デイヴィスの著書、
『ターシャ・テューダーの人生』を読んだことで、
知らなくても良かったプライベート部分を、知ることに…

ご両親については、少しばかり知識がありましたが、
1938年に結婚された最初の夫の事については、全く知りませんでした。

意外なことに、結婚は恋愛によるものでは無く、
“他に求婚してくれる男性はいないだろう”と思ったから!…

田舎暮らしを望んで居なかった夫が、妻のライフスタイルを容認していたのは、
妻を養い手とみなしていて、それが収入に繋がっていたからに過ぎなかったから…
二人には、共通の趣味も無かったそうなのです。

結局1961年に、お二人の結婚生活には終止符が打たれたのでしたが、
後年、ターシャさん自身、“人生最良の決断だった。”と断言されていたそうです。
(もっと意外だったのは、再婚されていたこと…)
長くて短い人生、色々あったのでしょうね。

20090217

(右)『ターシャ・テューダーの人生』(The Art of Tasha Tudor)
   ハリー・デイヴィス/著 相原真理子/訳 文藝春秋
(左)『ターシャのスケッチブック』(Tasha's Sketchbooks)
   ターシャ・テューダー リチャード・W・ブラウン/写真
   食野雅子/訳 メディアファクトリー

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『生きていることを楽しんで』

ターシャさんの言葉シリーズ特別編の『生きていることを楽しんで』には、
写真だけでなく、絵も沢山載せられていました。
勿論、説得力あるターシャ流人生訓も…

知りませんでしたが、ターシャさんは、来日されていたのですね!
“40代終わりに”と書かれてあったので、今から40年以上も前のことですが…

友人の息子さんが、奈良で英語の先生をされていたのですが、
その友人から、
“…息子に会いに行きたいけれど、一人では嫌なので、一緒に行って…”
と言われたそうなのです。

“奈良の普通の家に滞在したのだけれど、食べ物も、日本のお風呂も気に入り、
…奈良は良い所で、日本は美しい国だと思った…”とありました。
お世辞でしょうか…?…でも、1965年以前の日本で良かったです。
現在の日本だったなら、どのように映ったのでしょうね?

家事も仕事も完璧になんて、いくわけがありません。
そもそも、わたしには、完璧にこなしているものなんて、ひとつもないわ。
~略~
だいたい、世の中に、完璧なものなんて、まずないでしょうーーー
完璧なのは、開花したばかりの花や、
生まれたばかりの赤ん坊くらいじゃない?
」…『生きていることを楽しんで』より

20090216
『生きていることを楽しんで』~ターシャ・テューダーの言葉 特別編~
ターシャ・テューダー/文
リチャード・W・ブラウン/写真
食野雅子/訳 (メディアファクトリー)

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『今がいちばんいい時よ』

ターシャさんは、いつも可愛いエプロンをしていましたよね。
『今がいちばんいい時よ』には、エプロンのことも書かれてありました。

“…手に持ち切れない程の果物や花なども、
エプロンに入れれば持つことが出来るし、
手を拭いたり、急な来客にも、とっさにテーブルをサッと拭いたりも出来るから、
こんな便利なものは無いのに、最近の人は、どうして使わないのかしら?…”
と…

多分、最近の人は、服を汚す様な家事はしていないからでは…?
それに、洗濯機で簡単に洗える素材の服を着ているからではないかしら?
何よりも、スカートを履いている人が少ないですしね。

ターシャさん、私はエプロンしてますよ。
頻繁に作っているのは、エプロンですからね。
…必ず、特大ポケットを付けて…ちょっとした物も運べて便利ですよ。

それから、ターシャさんは、日本の筆を使っていたとのことです。
細い線を描くには、日本の細筆が一番なんだそうです。
(写真で見る限りでは、書道用の細筆みたいです。)

これまでの人生は無駄だったなんて、
どうして思う必要があるのでしょう。
そう思う人がいたら、
残りの人生を、これまでの分まで楽しんで、と言いたいわ。

私は、社会通念より、自分の価値観に従って生きる方を選びました。
だから、おもしろくて充実した人生を歩んできたのだと思います。

                      …『今がいちばんいい時よ』より

20090215 『今がいちばんいい時よ』(ターシャの言葉シリーズ3)
ターシャ・テューダー/文
リチャード・W・ブラウン/写真
食野雅子/訳 (メディアファクトリー)

20090217b 20090217c
↑「ターシャのスケッチブック」より(拡大します)

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