* ドキュメンタリー

「死刑囚 永山則夫 ~獄中28年間の対話~」

ETV特集「死刑囚 永山則夫 ~獄中28年間の対話~」を見ました。
40年前に起こった連続射殺事件は、
社会を震撼させたニュースとして記憶しています。

逮捕時だから当然ですが、
うつむき加減で暗い雰囲気の人として認識していましたが、
明るくて元気そうな画面に映った写真に、
当時の面影を見出すことは出来ませんでした。

今も保管されている遺品の中に、肉声テープや獄中で読んでいた書物、
多くの人との往復書簡がありましたが、その多さに驚きました。

それだけ、二畳ほどの独房での年月が長かったわけですが…。
書物は、残されているだけでも数千冊、
700人以上の人との往復書簡が15,000通、なぜ往復書簡かと言えば、
彼は手紙の返事を、全て複写して書いていたからなのです。

それにしても、義務教育も、まともに出ていないために、
漢字も読めなかったのに、独房で勉強した結果、
思想、哲学、ドストエフスキーなどの文学など難しい書物を理解し、
あのような手紙を書き、『無知の涙』の他にも沢山の著書を残していたのですから、
もし違った環境で育っていたら、どんな人生を送ったのだろうか?
と思わずにはいられませんでした。
(片仮名しか書けない母親の文章力にも驚きました。)

どちらかと言えば死刑廃止に賛成ではありますが、
たとえ劣悪な生い立ちであっても、また犯行当時未成年であっても、
死刑制度がある以上、
行きずりの人を4人も射殺してしまったのですから死刑は当然なのでしょう。

それでも、彼の生い立ちや、獄中結婚した和美さんの話を聞けば聞くほど、
泣けてしまいました。
(和美さんも親から捨てられ、戸籍の無い人だったのです。)

自殺願望から起こした事件、獄中でも自殺未遂を繰り返し、
公判でも改悛の風を見せなかったのに、
初めて信じられる人間の和美さんとを知ってから、生きて罪を償う気持ちに変わり、
一度は無期懲役に減刑されたのに、再び死刑が確定してしまったのですから…

母親に恨みを抱いた気持ちは分かりますが、
ギャンブルに明け暮れた父親こそ、貧しさへの責任があるのに、
番組では、父親に対する彼の気持ちを知ることは出来ませんでした。

「ブルジョワジー、プロレタリアート」などの言葉を懐かしく感じたのも、
私が同世代だから…
若い頃、「あなたはブルジャワでしょ。どうせ私はプロレタリアートだから…」
などとよく言ったものでした。

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“斜陽”への旅~太宰治と太田静子の真実~

録画しておいた、
ETV特集 「斜陽」への旅~太宰治と太田静子の真実~
を見ました。

「愛されない妻より、愛される愛人になりたい。」と言っていても、
「結婚を前提にできない男性との付き合いはしたくない」と言う…

それでいて、妻子ある太宰に子供が欲しいと言って、
未婚の母となった太田静子さん。
太宰の死後、「夢から覚めた」を言っていたそうだけど。

下曾我の山荘に訪問することを条件で、太宰に渡った日記は、
太宰の死後、山崎富栄の遺言で、静子に返されたのでした。

井伏鱒二から、日記を刊行しないという誓約書を取らされた引換に『斜陽』の
印税の一部である10万円を受け取ったにも関わらず、
その僅か2ヶ月後に、静子によって刊行された『斜陽日記』。
(以前、『斜陽』と『斜陽日記』でも書きましたが…)

日記を受け取ってからの太宰は、態度が変わったという。
子供ができたと知った時もかなり混乱したと聞きました。

自分の作品のために、浮世離れした文学少女(?)を利用したのでしょうか?
静子との子に、自分の名前の一字を与えることを、
妻に申し訳ないとは思わなかったのでしょうか?

中村貞子(太宰治)からの手紙は、今も大切に保管されていますが、
小田静夫の名で出していた静子の手紙の行方は…?
太宰が処分してしまったのでしょうか?
それとも、太宰の亡き後、美知子さんが処分したのでしょうか?
太宰と自分の私信でさえ、戦時中に処分してしまった人だから。

残された書簡をいくら考察してみても、真実は分からない…

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ワタシの見たニッポン

ETV特集、「ワタシの見たニッポン」
~外国人による日本語弁論大会~を観ました。

1960年に始まって今年は50回目ということで、
過去に出場された方の現在も紹介されました。

昔に比べて、最近は欧米人より、アジアの人が多いような気がします。
今回は、特に中国人の女性が多かったです。

自転車に乗れない中国人の留学生は、
「中国人なら乗れるでしょ。」と言われたそうです。
「それは20年前までの中国」とのこと。先入観で決め付けては駄目ですね。

日本に近い韓国や中国、外見も見分けがつかないくらいなのに、
文化、考え方の違いには驚かされます。

韓国では、儒教の教えから、年上の人の前でタバコを吸ってはいけないとか。
では、赤ちゃんや子供や妊婦さんの前ではどうなのでしょうか?
やっぱり吸わないのでしょうね。当然、病人の近くでも。

ロシア出身の女性の、
「日本語は曖昧で難しい。日本人の『はい』は、必ずしも『イエス』では無い。」
には、大いに納得です。
それは、彼女が言うように、日本人が優しいから…?
そうとばかりとは思えませんが。

ウガンダの男性の、
「戦後という言葉が好き。ウガンダには戦後が無いから。
自分が生きているうちに、戦争が終結して欲しい。」には考えさせられました。
ウガンダにも、一日も早く戦後が来るといいのですが…

日本では戦後64年となり、戦争体験者の人々は別として、
その他の多くの日本人にとって、戦争は遠い過去の出来事でしょう。
でも、アジアの人達はどうなのでしょう?
少なくとも、中国人には過去形では無いようです。

それは、戦争被害国としての歴史教育がなされているからですが、
“今の日本人を見て!”と思わずにはいられません。
残酷非道な日本人、では無く、戦争こそが残酷非道なのです。

大切なのは、歴史を正しく伝えること…
かつて日本が何をしたか、次の世代に伝えようとしない日本の方が問題です。

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「象徴天皇 素顔の記録」

何気なく「象徴天皇 素顔の記録」(NHKスペシャル)を観ていたら、
御所内を散策しながら野蒜を採っている時の、
お二人の何気ない会話が耳に心地よく、
普段聞くことの無い美しい言葉遣いに、感動を覚えました。

当然、“気をつけている。”と言うこともあるのでしょうが、
それ以上に、“育ちの良さ”を感じました。

それにしても、結局「象徴」って何なのでしょう?
天皇一家は、対外的に日本人の見本ってことなのですか?

天皇一家や皇室については、あまり関心が無いのですが、
それでもいつも思うのは、“お気の毒…”ということです。

生まれながらに、ハイレベルな生活の保障だけはあるものの、
プライバシーは常に侵害され、どんなに不愉快な時であっても、
微笑みを絶やしてはいけないのですから…

それに、言論の自由、宗教の自由、職業選択や住居の選択の自由も無く、
戸籍(皇統譜があるが)、名字、選挙権も無い…
日本人でありながら、憲法に保障されている基本的人権は無いのです。

皇室に生まれ育ったのなら、特別な教育もされるでしょうし、
私達が思うほどの苦痛は無いのかもしれません。

でも、美智子さんや雅子さん(敢えて“さん”と言わせてください。)の場合は、
本当に、神経の休まる時が無いでしょう。

不適切(不謹慎)な表現ですが、
「白羽の矢が立ってしまった」(本来の意味での )のように思えるのです。   

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「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる 」

録画してあった「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる 」(NHKスペシャル)
を観ました。

番組HPには、
「アマゾンの最深部に1万年以上、独自の文化・風習を守り続けている部族がいる。
欧米人に“最後の石器人”と呼ばれているヤノマミ族だ。
現在、ヤノマミ族は2万人。40~200人で一つの集団を作り、
ブラジルとベネズエラにまたがる広大なジャングルに分散して暮らしている…」と…

ブラジル政府と部族の長老7名と、10年近くの歳月を掛けての交渉の末に、
TV取材として、初めて150日間の同居が許されたのだそうです。
同じところに寝起きし、同じ物を食べて…さぞかし大変だったでしょうね。
映像であっても、正視出来ない場面が何度かあったくらいですから…

一万年前と同じ暮らしを続けているヤノマミ族の150人は、
シャポノとう一つ屋根の家で暮らし、自らだけがヤノマミ(人間)で、
ヤノマミ以外は「ナプ」…つまり人間では無いということなのでしょう。

村には18人のシャーマンがいて、樹液から採った幻覚剤を鼻から体内に入れ、
トランス状態で天の精霊と会話し、病気は、ショーマンの体を借りた精霊が、
病人に乗り移った悪霊を追い出し治療する…

葬りかたも独特で、シロアリ塚に入れシロアリに食べさせ、
食べ尽くしたらアリ塚を焼くという方法…
嬰児を人間として育てるのか、精霊として天に戻すのか決めるのは母親だけ…
たとえ、その母親が少女であっても…

シャボリ・バタ(偉大なシャーマン)が語るには、
「天は精霊の家。人間も死ねば天に昇り精霊となる。地の死は死ではない。
魂は死なず精霊となる。しかし精霊もやがては死ぬ。
男は最後にハエやアリとなって地上に戻る。
女は最後にノミやダニとなって消える。誰もが同じ定めを生きる。」と…

熱帯雨林がもたらす恵みがあるからこそ、
太古の昔から、同じ暮らしが続けられたのかも知れませんが、
10年前からブラジル政府が、医療品、パンツ、サンダル、ナイフ等を提供し、
立入禁止の先住民保護区にしているそうです。

顔だけ見たら日本人に似ているヤノマミの人達も、
1万年も変わらず、森に生き,森を食べ、森に死んでいく人達ですが、
政府が保護しなければ、いずれ滅びてしまう運命の様にも思えます。

番組を観て、以前「世界ウルルン滞在記」という番組で紹介された「ゾエ族」や、
白人に殺され、たった3人になってしまった「カノエ族」を思い出しました。
カノエ族の3人は、まだ若い姉と弟、そして姉が生んだ小さな男の子…

アマゾンの先住民に限らず、文明人のエゴにより大勢の仲間が殺され、
今は、文明人に保護されている人達の気持ちは…?

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「世界がもし100人の村だったら 6」

毎回(録画を)観ているこの番組…
毎回思うのは、地球上には、宇宙に行く人がいる一方で、
教育などは、夢の又夢、夜露をしのぐ家さえ名ばかりで、
空腹を満たす最小限の食料も得られない人達がいる。
唯一、口に出来る水でさえ、清潔とは言えないものです。
それなのに、自らの力では起きあがれない程、肥満した人がいる国がある。

今回は、アフリカの少年達が紹介されました。
原紗知絵さんがガーナで出会った9歳のサミュエルくんは、
母を助け、7人家族を支えてるサッカー少年で、
「ヨーロッパに行きプロのサッカー選手になることが夢(家族を助けたいから)」
と語った…
然し、悪徳スカウトマンに欺され、高額(1,000ドル)の渡航費を支払わせた挙げ句、
異国の地で、ホームレスとなる子供が殆どとか…
結局、スカウトマンとは名ばかりで、渡航費が目的なのでしょう。

4年前、シエラレオネの内戦時、目の前でゲリラに両親を惨殺された12歳の少年は、
それ以後、言葉を無くしてしまった…弟たちが兄を支えていたけれど…

ニジェールではポリオで歩けない少年が紹介されました。
日本では、赤ちゃんの時にワクチン接種を受け、ポリオは根絶された様ですが、
アフリカでは、まだ、過去のものでは無いのです。

一人は、歩けるようになれば大好きな両親と暮らせると信じ、
毎日、立ち上がる練習を欠かさない8歳の少年…

もう一人は、「物乞いはしたくない。」と、手に職をつけるため、
1年前から、徒歩10分の距離を、片道40分掛けて、
椅子作り職人の元に通っている11歳の少年…
でも、まだ見習いのため、給料は貰えないのです。

驚くことに、どの少年も、過酷な運命を呪うのでもなく、
健気に、“親を楽させたい”と語り、とても前向きなのです。
水だけで過ごす日も多いというのに、明るく元気でした。

でも、もっと驚いたことは、彼等のお祖母さん達が、みんな太っていて、
とても身綺麗だったこと…
外国からのTV取材ということで、着替えたのかも知れませんが、
それにしても、お洒落な身形でした。

戦争でも、悪政でも、貧困でも、一番の被害者は、
一番弱い立場の人達になるのでしょう。

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「菜の花畑の笑顔と銃弾」

ずっと気になるドキュメンタリー番組は見てきましたが、
最近は、記事にしないようにいていました。

でも、昨夜録画したNHKスペシャル『菜の花畑の笑顔と銃弾』を見て、
昨年8月に覚えた憤りが蘇り、無視出来ませんでした。

自らの農業知識を生かすべく、NGOの一員としてアフガニスタンの救援活動に
参加した、政治にも宗教にも無関係の伊東和也さんが、
金品目的とは言え、なぜ殺害されなけれならなかったのでしょう。

伊東和也さんが殺害された原因の一つには(犯人)貧しさがあり、
アフガニスタンが貧しい原因の一つに戦争がある…

貧しさゆえ、好むと好まざるに拘わらず戦争に巻き込まれる国民。
武器を手にし戦争に加担する事によって糧を与えられる悲しさ…

現地の人々と協力し(賃金を払ってですが)、
日本からの寄付金で、何年も掛け不毛の地に用水路を建設し、井戸を掘り、
試行錯誤の後に、サツマイモなどの栽培に成功させた日本のNGOの皆さん…
アメリカ軍の後方支援として参戦した自衛隊という名の日本の軍隊…
(用水路の建設は、今も続けられています。)

オバマ大統領はイラクから駐留米軍撤退を明言した一方で、
アフガニスタンへの兵力増強を…
“バラク・オバマよ、おまえもか!”

20090224a 優しい微笑みを浮かべる伊東和也さん…
20090224b 少年の瞳に映った伊東和也さん…
20090224c 伊東さん達によって砂漠が菜の花畑に…

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「女と男~最新科学が読み解く性~」

NHKスペシャル 「女と男~最新科学が読み解く性~」
第1回「惹かれあう二人 すれ違う二人」、第2回「何が違う?なぜ違う?」、
深夜の再放送を録画して見たのですが、
今まで言われていた男女の違いを、長期に渡った実験のデータや、
脳のML画像・映像から、分析していたところが興味深かったです。

“恋は盲目”そして“あばたもえくぼ”…
でも、恋は、期間限定、“賞味期間は長くて3年”…

恋愛は、子育てのために太古の昔から進化したシステムで、
3年は、原始時代では、子育てが一段落する期間とか。

異性に惹かれた時、
男性は視覚が活発に働き、健康な子供を産めるかどうかを確かめていて、
女性は、記憶が活発に働き、相手か誠実がどうか、
子育てに相応しい人がどうかを無意識に確かめている…
これは優秀な子孫を残すため、原始時代からプログラミングされたものという。

女性は感情的と思われているが、実は逆…
男性は、批判を攻撃と受けとめがちで、感情を爆発し易い。
批判どころか、訂正されたりアドバイスされただけでも、
侮辱を受けたと思い込むことも…男性の方が、プライドが高いのでしょう。

口論になった時、会話を一方的に打ち切るのも、圧倒的に男性の方…
女性の会話は、コミュニケーションをとるためだったり、話題を共有したいため。
一方、男性の会話は、問題解決の手段が多いとか…

つまり、女性が悩みを打ち明けたり、愚痴を言ったとしても、
聞いて貰いたいだけであって、必ずしも解決を望んでいる訳では無いそうです。
でも男性は、解決の為の分析やアドバイスをしてしまいがちなんだとか。

女性は、相手の表情から、感情を読み取ることが容易に出来るのに、
男性には、容易ではないらしいです。

同じ結果を導くにしても、働いている脳の場所が違うというのも意外でした。
男女平等のアメリカでは、男女別の教育を試みているとか…

脳の同じ病気に至る経過も、男女では違うことが(ホルモンの違いが関係)、
最近分かってきたそうです。

あくまでデータを、それぞれの科学者が分析したもので絶対的では無いし、
当然、早急に、結論付けるものではありませんが、
それでも、男女は、脳の仕組みが違うことは確かなようです。
理解し合うのが難しくても、仕方ないことかも知れません。

第3回は「男が消える?人類も消える?」、面白そうなテーマです。

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「見えないことは不幸じゃない」~全盲夫婦の夢と子育て~

偶然、途中から見たドキュメンタリー番組「見えないことは不幸じゃない」、
夫婦共に全盲の、マラソンランナー福原良英さんと、ソプラノ歌手の理絵さん…
お二人には、6歳と4歳の娘がいますが、長女は生まれながらに遺伝性の全盲で、
次女だけが正常な視力の持ち主です。

良英さんは、幼い頃に病気で失明。
彼の母親は、心を鬼にして、
「そこにハサミ(カミソリ、針)があるから、危ないよ。」と言って、
怪我を承知で、危険なものをわざと置いて、教えたそうです。
パラリンピックに出場し、100キロマラソンも完走。

全盲夫婦の娘に生まれた理絵さんは、子供の時に遺伝性により失明。
絶望した彼女は自殺をしようとしたけれど、母親に近くの崖の前に立たされ、
「そんなに死にたいなら、この崖から飛び降りなさい。」と言われたことで、
自分を取り戻し、夢に向かって強く生きているのです。
家族の反対を押し切って音楽の道に進み、イタリアに留学して、
3枚のCDも出しました。
コンサートの傍ら、声楽を教え、パソコンもこなしています。

「見えないことは不便だけど、不幸ではない。」というのが、お二人のモットーで、
出来ないことを諦めたり、他人や、環境や、状況のせいにするのではなく、
努力によって自分のものにしていく姿勢に、眼が醒める思いでした。

食事中、誤って、お皿を落とした長女…
父親に、「自分が割ったのだから、自分が片付けなさい。」と言われても、
盲学校で花瓶を割った時に、先生から「怪我するから触らないように。」
と言われた長女は、激しく泣いて、「怖い~血が出るから嫌~」を繰り返す…
泣きながら激しく抵抗する娘に、力ずくで片付けさせた父…涙が出ました。

子供の将来を考えたら、どんなに辛くても、決して甘やかしてはいけないのです。
ピアノにしても、家事にしても、子供達に厳しく指導していました。

「家族で過ごせる今の幸せは奇跡、奇跡に感謝」と言う理絵さん、
奇跡じゃないですよ。忍耐と努力で勝ち取ったのですよ。

歳のせいで見えにくい事に、不満な自分を反省しました。
「見えることが当たり前」では無く、「見える事に感謝」するべきでした。

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「私は誰になっていくの?」

録画して置いたETV特集「長すぎる休日」~若年性認知症を生きる~
を見ました。

50代初めという若さで、若年性アルツハイマー症を発症し、
職場を解雇された2人の男性と、その妻達の苦悩の日々…

番組では、2組のご夫婦の毎日と、
クリスティーン・ブライデンさんご夫婦に再会するための、
オーストラリア旅行の様子を紹介していました。

それにしても素敵なご夫婦たち…
それまでの関係が良くなかったなら、難しい様な気がしました。
…泣いて、泣いて、葛藤の末に辿りついたのかも知れませんが…
いえ、まだ辿り着いてなどいないのでしょう…

お二人の奥様たち以上に、感動を覚えたのは、
クリスティーンさんの夫のポール・ブライデンさんの献身ぶりでした。
クリスティーンさんが認知症と知って求婚されたのですから、驚きです。
ポールさんの心に、“神”が存在するからなのでしょうか?

最近、物忘れの激しい私にとっては、決して他人事とは思えません。
クリスティーンさんの二冊の著書、
『私は誰になっていくの?~アルツハイマー病者から見た世界~』
(原題「Who will be when I die?」)と、
『私は私になっていく~痴呆とダンスを~』(原題「Dancing with dementia」)
を、是非読みたいと思いました。

…『アメージンググレイス』は琴線に触れ、胸が熱くなりました…

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「自立へのストローク」

「情報発 ドキュメンタリ宣言」…
偶然見た前回は、長門裕之さん南田洋子さん夫妻のドキュメントで、
夫婦のあり方について考えさせられました。

今回のタイトルは、「自立へのストローク」、
重い障害を持って生まれた浜松市の青年と、彼を赤ちゃんの時から育て、
立派に自立させた、里親のおばあちゃんのお話でした。

北京パラリンピック、50m平泳ぎのゴールドメダリストである鈴木孝幸さんの両親は、
障害ゆえ、あまりのショックで育児放棄をしてしまったそうですが、
どんな障害があろうとも、親として、決して許される事ではありません。
とは言っても、それはあくまで他人事だから言えること、
もし自分だったら・・・と考えた時、絶対しないと言い切れる自信はないのです。

鈴木孝幸さんを、21年間、両親に代わって育てたのは、
里親のおばあちゃんこと、小松洋さんという、
大らかで、常に笑みを絶やさない観音様のような女性でした。

我が家に赤ちゃんがやって来ると知った時、親なら誰でも夢を抱くものです。
“男の子がいい、女の子の方が・・・頭が良ければとか、可愛らしい顔とか…
でも結局、最終的な望みは「五体満足」であればいい。”となる訳です。

以前、乙武洋匡さんの『五体不満足』を読んだ時にも感じた事ですが、
元々強い精神力の持ち主なのか、育てた人物が立派だったのか、
それとも障害が強くさせたのかは分かりませんが(多分全部でしょう)、
ご本人は勿論のこと、乙武さんを育てたご両親にしても、
小松さんにしても、どうして、これ程までに強いのでしょう。

現在、早稲田大学、教育学部在学中の鈴木さんは、
“折角こういう身体に生まれたのだから、色んな事が出来るところを見せたい”
と語っていました。
五体満足なのに、この歳になっても何も出来ない自分が恥ずかしいです。

人間を評価する基準というのは、人それぞれでしょうが、
家柄や経済力でも無いし、容姿でも無いです。
要するに、どんな人生を送っているかなのではないでしょうか?
生きていくのに重要なのは、精神力で、
「五体満足」であっても無くても、結局は関係無いのかも知れません。

それにしても、パラリンピックの放送が申し訳程度なのは何故でしょう?
オリンピック以上に、勇気と感動を与えられるのに…
〔経済効果が少ないからなの…?)

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「源氏物語 黄金絵巻の謎」

3日放送のNHKスペシャル「源氏物語 黄金絵巻の謎」(録画)を見ましたが、
とても面白かったです。(ナビゲーターは黒木瞳さん)

「源氏絵」と言えば、一つの約束事があって、雅で華やかなものなのですが、
近年、世界各地で見つかった「黄金絵巻」には、
異様で不吉な場面や、不名誉な姿の源氏が多く描かれていたのです。
一体誰が描いたのでしょう…

「源氏絵」は平安時代から江戸時代にかけ、
天皇や公家といった時の権力者が、権力を誇示するために、
お抱え絵師に描かせたものと思っていたのですが、
実は、現存する源氏絵の9割は、16世紀から17世紀に
描かれていたものだとか…

天皇や公家だけで無く、武士階級までもが「源氏絵」を権力の道具として、
利用していたと言うから驚きです。
武士が描かせた源氏絵には、肝心の源氏の姿は御簾に隠され、
流鏑馬をする凛々しい武士の姿が描かれていたりするのです。

ところで「黄金絵巻」ですが、一巻が約15メートルもあり、
(もし全巻揃っていたのなら、200巻にもなる「黄金の源氏絵巻」)
画商の手に因って1メートル程に切断され、
オークションで売られていただなんて…日本人なら有り得ないことでしょう。
また日本人の研究者は、口元にハンカチを当てていたのに対し、
外国人の研究者は、白手袋もしないで扱っていました。

絵には作者(描かせた人)の深層心理や欲望が表れるといいます。
誰がこの「黄金の源氏絵巻」を描かせたのでしょうか?

稲本万里子さんの説として、描いたのは「京狩野」の一派の絵師、
描かせたのは、後水尾院(1596~1680)を中心とする宮中勢力ではないか、
ということでした。

美貌と才能を兼ね備えた、光り輝く貴公子「光源氏」…
美男子のはずの光源氏なのに、引目鉤鼻のせいで疑わしく思えていましたが、
「黄金絵巻」に描かれていた源氏は、更に酷かったです。
時代と共に、美の基準は変わるにしても、
平安時代の美男子って、どんなだったのでしょう?

たまたまでしょうが、出演されていた各国の研究者達の殆どが
女性だったというのも、女性が好む物語ということでしょうか?
そう言えば、現代語訳も、瀬戸内寂聴さんや与謝野晶子、園地文子、
田辺聖子さんなど、女流文学者が多い様な気がします。
谷崎潤一郎訳もありますが…

私にとって「源氏物語」は、何度挑戦しても、どうしても好きになれなくて、
結局、挫折してしまう作品なのです。

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南田洋子さん

昨夜、ドキュメンタリー番組で、南田洋子さんの事を放送していました。
タイトルは「女優・南田洋子がテレビから忽然と姿を消した理由」というもの、
ドラマを見ないので知りませんでしたが、そうだったのですか…

南田さんは、数年前からアルツハイマーに罹り、
夫である長門裕之さんが、介護されているとのことですが、
始めは、“何も、わざわざ認知症になった妻を公にしなくても…”
と思いました。
でも、長門さんが、
“仕舞って置こうとすれば、人は覗こうとするし、無責任な憶測が広がるだけ。
同じ苦しみを味わっている人達の為にも公にしようと決心した。”
このような事が語られ、私はあっさり納得しました。

壮絶な介護とは言っても、経済力のあるご夫婦のこと、
実際は介護スタッフや、家事全般をしてくれる通いの家政婦さんもいるから、
一般人とは大違いです。

普通は、デイサービスがあるにしても、一切の負担は家族に掛かるから、
比べられないくらいの苦労があるでしょう。
それでも、たとえスタッフがいたとしても、一番の辛さは、精神的なもので、
「先には死ねない」の言葉に込められていました。

南田さんは、今年になってから転倒骨折され、
その後遺症で歩行困難なため、支えが必要ですが、
(映像で拝見する限りでは)想像していた以上にお元気そうでした。

思いを上手く表現出来ず、もどかしげな時は、さすがに厳しい表情でしたが、
出掛ける夫を気遣って、玄関で見送るにこやかな表情は、
とても認知症の人には見えませんでした。

嫌いな野菜を夫に勧められ、“嫌いなのに”と言いながらも、
トマトの一切れを口に運ぶ姿は、まるで少女のように愛らしかったです。

人は「早く、専門家に見せるべきだ。」と言うでしょう。
でも、子供と違い、大人を医師(神経科など)に診せるのは、とても困難、
“それでも連れて行くのが家族の役目”、確かにそうではあるけれど…
それでも当事者でないと解らない事もあるのです。

「徹子の部屋」で、南田さんは、
“あの人、小指ちゃん大好きでしょ。でも私は、逃げ口を塞ぐのは嫌いなの。”
と語っていましたが、これ、妻というより母ですよ。
“苦労を掛けたから、今が贖罪の時”と仰る長門さん…
妻に苦しみを与えていても、自覚も反省もない人もいますからね。

若い頃は、アルツハイマーなどは、他人事に考えていましたが、
今は、「今日の洋子は、明日はいない。」という言葉が身に染みました。
物忘れの激しい最近の自分、心配です。
明日は我が身です…

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ETV特集「戦争は罪悪である」

ETV特集「戦争は罪悪である~ある仏教者の名誉回復~」を見ました。

戦後教育を受けた人間だったら、
「戦争は罪悪である。戦争は侵略である。世界人類の敵である。」
「止めた方が国家として賢明。」と言ったとしても不思議はないでしょう。

然し、日中戦争が始まった1937年に、71歳の住職が言ったのですから、
「坊主のくせに馬鹿なことを言う。」と村人達から思われたとしても、
それもまた、何の不思議はないでしょう。

親鸞の教えには無い「一殺多生」を作りだし、侵略戦争を「聖戦」として、
戦争に荷担していった宗教家達に対し、
検挙され長期にわたる厳しい取り調べにも、
宗教家や村人達から説得されても、家族から懇願されても、
決して信念を曲げなかった明泉寺の住職、竹中彰元師(1867-1945)。

竹中彰元師は、本山の真宗大谷派から、布教使資格を剥奪されたまま、
世を去りましたが、一人の僧侶の研究が元となり、
宗派を超えての運動から、70年過ぎての名誉回復が果たせました。

今まで、戦前戦後、一貫して戦争反対を唱えている党の存在や、
当時は非合法だったその党の活動家たちが、
スパイや密告によって特攻に逮捕され、拷問を受け、
また虐殺されていった事は知っていました。

プロレタリア作家の小林多喜二もその一人ですが…
これまで私は、反戦活動は、あくまで地下活動としてで行われていた、
と認識していました。

国策として全国民が戦争協力を強いられ、洗脳させられていった時代に、
権力に屈することなく、自説を貫いた人間がいたことを知り感動しました。

「名誉が回復されて良かった」に留まらず、
師の信念を後生に伝えて欲しいと、切に思いました。
いつ戦争が起こっても不思議ではない今だからこそ…

証言者の一人が語った「戦争は国家が公認した人殺し」、正にその通りです。

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NHKスペシャル「戦場 心の傷(1)(2)」

保存しておいたNHKスペシャル「戦場 心の傷」の、
「兵士はどう戦わされてきたか」と、「ママはイラクへ行った」を見ました。

どちらも、訓練の様子や、元兵士のPTSDを取り上げたもので、
またしても戦争の空しさ恐ろしさに、憤りを覚えずにはいられませんでした。

PTSDが、最初に記録として残っているのは、「第一次世界大戦」で、
身体には異常が無いのに、全身を痙攣させている映像に愕然としました。

当時はシェル・ショックと言われ、治療法は電気ショック、
臆病者のレッテルを貼られ、処刑されたりもしたとのこと。
当然ながら、それ以前にも、あったことでしょう。

「民主主義を守るため」、「悪い独裁者からイラクの人達を助けるため」、
「子供達を戦場に行かせないため」などという大義名分。

しかし兵士は、自責の念に駆られ、ドラッグやアルコールの依存症となったり、
自らの命を絶ってしまったり、我が子を愛せなくなってしまったり…

「敵は人間では無い」と訓練されても、社会に戻る訓練は受けていないのです。
どんなに厳しい訓練を受けても、ロボットにはなれないのです。

番組では、日本のケースも取り上げていましたが、
私の友人も父親のことを、母親から、
“穏やかな人だったのに帰還後、凶暴になってしまった”と聞かされたそうです。

“イラクの人達を救うため”と言いつつ、
自国の若者を、戦死やPTSDに追い込んでいるアメリカ…
ベトナム戦争時は、あれ程、反戦運動が盛り上がったのに、
それ以後は、反戦運動に至っていない気がします。

情報操作されているからなのでしょうか…

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全国民総懺悔

先週の「その時歴史が動いた シリーズ 日本降伏」、
「(前編)玉音放送」の録画するのを、すっかり忘れていました。

しかも再放送の時も…“絶対見たい!”と思っていたのに…
(でも、もう一度、再放送があるみたいです!)

今回の「(後編)帝国最大屈辱ノ日ナリ」は、しっかり録画出来ました。

内容は、8月15日の「玉音放送」から、
9月2日の「降伏文書に調印」に至るまでの政府の動きを追ったものでした。

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「スポルディングコレクション」

NHKスペシャル、
「よみがえる浮世絵の日本 封印が解かれた秘蔵コレクション」を見ました。

「ボストン美術館」の日本美術コレクションは、
質、量とも、他の追随を許さない優れたものですが、
秘蔵浮世絵版画の「スポルディング・コレクション」も、その一つ。

寄贈者のスポルディング兄弟から、
公開を一切しない条件で1921年に寄贈された6,500枚の浮世絵は、
世界で最も美しいと称される「浮世絵版画コレクショ」です。

日本では殆ど知られていない幻の絵師「歌川国政」、錦絵の「鈴木春信」、
風景画の「歌川(安藤)広重」、
それぞれの作品に秘められた絵師の、芸術家としての葛藤を知り、
たとえ、人気の絵師であっても、版元(出版社)の意向には逆らえなかった事実が
興味深かったです。

時代が明治になり、それまでの文化が軽視され、
多くのの美術品が国外に流失したのですが、
それによって、日本の美術品の価値が認められ、保存された訳です。

もし、海外に流失されて無かったなら、
浮世絵版画を見ることも、絵師の名も知らないままだったかも知れないと思うと、
不思議な気持ちになります。流失に感謝です。

美術館が、寄贈者の寄贈の条件を守ったため、色褪せること無く、
擦られた当時の美しさを保っていて(多分)、
日本で知られている物と比べ、その色彩の違いに驚かされました。

現在、ボストン美術館では、
「スポルディングコレクション」の、デジタル画像化が進められているそうです。
本物は、決して見ることが出来ないのですから、
せめて、デジタル画像を見てみたいと思いました。

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ゴブリン・シャーク

先日放送のNHKスペシャル、
「幻のサメを探せ~秘境 東京海底谷~」を見ました。

番組では、100年ぶりに見付かった幻の深海サメ、
「ゴブリン・シャーク(悪魔のサメ)」を追跡。

東京湾の中に太古の地層が広がっています。
長さ40キロ、深さ1,000メートルの「東京海底谷(とうきょうかいていこく)」です。

そこには、多くの深海生物が生息していて、
3メートル以上にもなる「タカアシガニ」や「アンコウ」、
植物のような「トリノアシ」等々…

意外だったのは深海ザメの種類の多さ、
その数、40種以上にもなるそうです。

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「やさしい言葉は鉄の扉を開く」

趣味の園芸スペシャル「京都大原 英国人ベニシアの庭物語」を見ました。
(この番組、以前見たことがあります。)

イギリス貴族出身のベニシア・スタンリースミスさんは、
30年前から、京都で英会話スクールをやっていますが、
自ら修理した大原の古民家のお住まいには、
ベニシアさんが、7年間掛けて作った庭があって、季節の花々や野菜、
ハーブなどを育てています。

また、それらで、石鹸やジャム、ジュースなども手作りしています。
その暮らしぶりを拝見していたら、ターシャ・テューダーさんを思い出しました。
(そう言えば、ベニシアさんは、絵もお上手でした!)

時がゆったり流れ、正にスローライフ…でも時間が余っている訳ではありません。
しなければならないことが、たっぷりあるのですから…楽しみながらですが…
日々、好きな事に追われているベニシアさんが、羨ましいです。

幸せを求め、結婚と離婚を繰り返していたというベニシアさんのお母様…
イギリスのお城に比べたら、本当に質素な生活ですが、
ベニシアさんは言いました。「幸せは気持ちの中にあります。
毎日が充実していて幸せだから、何も欲しくないし、どこへも旅行したくない。」
と…

ところで、ベニシアさんのブログには、
諺や格言がタイトルになっているものもありましたが、
7月15日のブログでは、「やさしい言葉は鉄の扉を開く」(ブルガリアのことわざ)
のタイトルで、“言葉の大切さ”の文章が載せられていました。

番組でも、来日直後、「“頂きます”と言ってから口にする日本人」に、
大変感動されたとのこと、「イギリス人は、そんなこと言わない」と仰っていました。

「外国人だからこそ気付く、日本語の素晴らしさ、難しさ」であるなら、
「日本人だからこそ大切にしたい、日本語の素晴らしさ、難しさ」と思いました。

<ベニシアさんのブログ>
http://www.venetia-international.com/m51_blog.php?p=11111

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「解かれた封印」

初回を見逃してしまった、NHKスペシャル「解かれた封印」
~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~
の再放送を見ました。

昨年の8月9日(長崎に原爆が投下された日)に、
85歳で亡くなったアメリカ人カメラマンのジョー・オダネルさんの、
遺品のトランクから、オダネルさんの声が録音されたテープが発見されました。

突然、真珠湾攻撃してきた日本人への復讐心から、
彼は志願して海兵隊に入隊、19歳の時でした。

原爆投下を知った時、彼も他のアメリカ人同様、
「これで戦争は終わった。」と感じた一人だったそうです。

原爆投下の約一ヶ月後、原爆の破壊力を記録するために入った長崎で、
想像をはるかに超えた原爆の破壊力を知り、
そして、禁じられている日本人を撮影するうち、憎しみは哀れみに変わったとか。

「どうして同じ人間に、こんな恐ろしいことをしたのか…
アメリカ人にとっては原爆で戦争は終わったが、
生き残った日本人にとっては苦しみのの始まり。」と気付いたそうです。

彼は命令に背き、密かに持ち込んだ自分のカメラで日本人を写したのですが、
なぜ、掟を破ってまで、個人のカメラを持ち込んのかは謎でした。

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「模擬原爆パンプキン」

昨夜の「その時歴史が動いた」
「模擬原爆パンプキン~秘められた原爆投下訓練~」を見ました。

20億ドルの国費を投じたマンハッタン計画…
アメリカは、広島にリトルボーイ、長崎にファットマンを投下する以前に、
原爆投下の予行演習として、データ収集のため、また、士気を高めるために、
通常の空襲に紛れて、模擬原爆パンプキンを投下していた事を知りました。

投下目標は、原爆投下候補地の周辺や、軍需工場、
しかし実際は、それら以外の地でも投下していた巨大爆弾パンプキン…

長崎に原爆を投下した後も、
兵器としての有効性を試すために投下していたパンプキン…
戦争終結後、機密のため、残りのパンプキンは海に沈められたそうです。

パンプキンは、日本本土に49機投下され、
それにより400人以上が死亡し、1,200人以上の負傷者があったそうです。

それにしても、トルーマン曰く、
「かつて無い規模の全面的破滅から国民を救うための最後通告」である
降伏を迫るポツダム宣言の発表を、なぜ日本の指導者は黙殺したのでしょう?
降伏していたら、原爆投下は無かったかも知れないのに…

次回は、シリーズ 日本降伏 前編「焦土に玉音が響いた」
~8月15日・終戦決定までの道程~

果たして真実が語られるのでしょうか?是非とも注目したいです。

<「その時歴史が動いた」HP>
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/main.html

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「“罪”に向き合う時」

24日のETV特集、シリーズ、BC級戦犯(2)「“罪”に向き合う時」を見ました。

戦後生まれの私が、とやかく言う資格は無いかも知れませんが、
番組で紹介された、BC級戦犯の裁判資料の中の、
「○○(裁かれた日本兵の名)は、
裁判を行わないまま処刑した”」という一文には疑問を感じました。

戦争中の殺害、その他の行為を、肯定する気持ちはありませんが、
それでも、この起訴理由には、かなり違和感を覚えたのです。
連合軍は、“裁判を行わないまま処刑した”ことは無かったのでしょうか?

元BC級戦犯の飯田進さんによれば、
「日本軍に対する復讐心も有った。」のだとか…

軍隊は、上官の命令は、「天皇の命令」として絶対服従の世界、
お国のためと教育され、上官の命令に従った者達は、
「BC級戦犯」で裁かれ処刑され、あるいは有期刑を受けたというのに、
命令していた側の将校達は、戦後GHQの手下となり、
警察予備隊の中枢を占めていったという事実…
(「A級戦犯」として裁かれた者は別として)

最後に飯田進さんが言った、「歴史を誤魔化している。」が、
重く心に伸し掛かりました。

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「BC級戦犯(1) 韓国・朝鮮人戦犯の悲劇」

8月17日のETV特集は、
「シリーズ BC級戦犯(1) 韓国・朝鮮人戦犯の悲劇」でした。

以前から、戦勝国が一方的に裁くやり方に疑問を抱いていました。
戦勝国であっても、多くの犠牲者が存在するからです。

連合軍によって、「BC級戦犯」として裁かれた約57,000人の内、
934人が処刑され、その内23人が朝鮮半島出身者(有罪は148人)。

命令した上官ではなく、命令された者が罪を問われるのは、
余りに不条理としか思えないのです。

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「調査報告 日本軍と阿片」

NHKスペシャル「調査報告 日本軍と阿片」を見て、
また新たに、戦争の“闇”を知ってしまいました。

1937年に勃発し、8年間続いた「日中戦争」を支えていたのは、
「阿片」だったと言うのです。

関東軍が作った傀儡国家「満州国」を防衛するという大義名分で
中国に侵攻した関東軍。

次々と占領した都市に、傀儡政府を作っていく中で、
膨大に膨らんでいく軍事費は、国家予算の7割以上…
それを賄うために行ったのが「阿片売買」だったとは…

日中戦争以前に日本が改良した、大量の阿片を抽出するケシを、
中国の農家に、厳しいノルマで栽培させたというが、
従事した農民は100万人以上…
阿片は製造しただけでなく、敵からの略奪もあったとか…

その量は3,3トン、現在での末端価格は110億円以上、
阿片中毒者は、推定約110万人…

傀儡国家の満州国には、政府指定の「阿片窟」があり、
一つの町で、4,000軒の「阿片窟」が存在し、
ハルピンでは、年間2,000体もの(中毒者の)遺体が路上に放置されていた…

でも、何故か驚かなかったです。

何でもありが戦争・・・破壊と略奪と殺戮、手段を選ばないのが戦争・・・
戦後の日本人の目と耳にフタをしても、世界の人が知っていたという事実。
闇から闇に葬ったはずが、葬れきらなかったのも事実。

淡々と語る関東軍の元軍人や、当時を知る現地人の話を聴けば、
中国人が執拗に日本人を軽蔑し、憎悪するのも解るような気がしました。

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「果てなき消耗戦 証言記録 レイテ決戦」

終戦記念日の昨日、
NHKスペシャル「果てなき消耗戦 証言記録 レイテ決戦」の放送がありました。

番組は、生き残った日米の元兵士と、レイテ島住民の証言の他、
貴重な記録映像や写真を交え、悲惨なレイテ決戦を現代人に伝えてくれました。

フィリピン、レイテ島で日米による決戦が起こったのは1944年10月、
1万6千人(後に補充)の日本兵に対し、
6万人のアメリカ軍、全てにおいて圧倒的な力を誇るアメリカ軍に、
弾薬も食料も底をつき、銃剣だけで向かっていった日本兵たち、
身体中にウジ虫がたかり、銃剣を掛けた肩は骨が出ていたと言う。

如何なる場合でも、絶対に撤退も降伏も許されない・・・
飢えから仲間の肉まで口にしたとも証言も・・・
「天皇陛下万歳」と叫びながら、自分自身に銃を向けた兵士たち・・・
「自分が死んだら食べてくれ」と言った兵士たち・・・

画面に映ったそれは、まるで地獄絵そのものでした。

戦友を殺された事によって沸き起こる「憎しみと殺意」・・・
それはアメリカ兵も同じこと、
この戦いで10万人の命が消え、その内、日本兵の戦死者は8万人(97%)、
アメリカ軍4千人、レイテ島の住人1万人・・・

当時20歳そこそこだった兵士たちも、現在は80歳半ば前後、
64年後の今、言葉少なく、重い口を開いた彼ら・・・
流れる涙が、現代人に、多くを語ってくれました。
それは、雄弁に語るどんな戦争映画やドラマより、はるかに重く深いものでした。

もうすぐ90歳になる私の父も、戦争を語った事は無かった気がします。
生き証人としての父の体験を知りたい、
子として、苦しみを共有したいという気持ちはありますが、
思い出させるような事は、どうしても出来ないのです。

それにしても、戦争に関係ない、島の住民の悲劇は如何ばかりでしょう。
家も田端も破壊され焼き尽くされ、食料その他、一切合切を略奪され、
命まで奪われてしまったのですから・・・
島の女性が体験したという、
死を覚悟し、家族の写真を見せた日本兵の話は、本当に切ないものでした。

<NHKスペシャル 再放送予定>
http://www.nhk.or.jp/special/rerun/index.html

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NHKスペシャル「見過ごされた被爆」

NHKスペシャル「見過ごされた被爆…残留放射線、63年後の真実」
を見ました。

広島に原爆が投下され、もう63年が経ちましたが、
今でも、原爆病で苦しんでいる人は少なくありません。

番組では、原爆投下後に市内に入った、
「入市(にゅうし)被爆者」と言われる人達に、スポットを当てていました。

直接被爆していなくても、明らかに、残留放射線が原因の症状を、
最近まで、「原爆症」と認定しようとしなかった国。
残留放射線が元で、亡くなった人も多いというのに…

それは、投下したアメリカの科学者が、
「残留放射線が発生しないように計算した。」との見解を示し、
投下一ヶ月後に行った、アメリカ側の調査も、
「人体に影響を及ぼす程の残留放射線は無かった。」
と世界に発表したからなのです。

取材に応じた、アメリカの元ABCC研究部長の博士は、
放射線による急性症状である、被爆した(亡くなって逝った)人の、
脱毛や嘔吐を、“チフスと区別がつかない”、紫斑を“蚤かも知れない”と、
笑いながら、白々しく語っていた…
科学者の身、当然、本気で言っているのでは無いでしょう。

日本は、そこまで卑屈でいなければならないのでしょうか?…敗戦国だから?
戦後何年経ったなら、アメリカと対等になれるのでしょう?
被爆国でありながら、
なぜ日本は、被爆の実態を、世界にアピール出来ないのでしょう?

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「外国人による日本語弁論大会」

毎年心待ちにしている、
「ワタシが見たニッポン~外国人による日本語弁論大会~」、
今回は、その第49回目で、予選を勝ち進んだ12人のスピーチを、
先日のETV特集で、聴くことが出来ました。(録画)

毎回、外国人の異文化体験談に興味津々…
普段、気にも留めてない事を、気付かせてくれるのです。
今回も外国人の発言に、考えさせられました。

中でも、食に関する問題では、日本人は考えを改めなければ…と痛感。

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激流中国「告発せよ 摘発せよ …環境破壊との闘い」

NHKスペシャル、
いつも興味深く見ていた“激流中国”も、ついに最終回となりましたが、
今回のタイトルは、「告発せよ、摘発せよ~環境破壊との闘い~」でした。

農村部では、工場やダム建設によって自然は破壊され、
豊かになるとの口車に乗せられた農民達は、先祖代々の土地を手放す…
住居の代わりとして、集合住宅の一室が与えられても、
土地を奪われた農民たちに仕事は無く、ゴミを拾う毎日…

都市部の杭州市では、住民からの通報をもとに、
環境保護局の捜査官が、汚染企業の摘発を行っている。

地区の捜査官と企業は癒着しているため、
有毒物質の撒き散らしや垂れ流しは、一向に無くならないとか…
その数は、杭州市だけでも数万もあり、
中国での環境汚染による死亡数は、年間30万人以上にもなるそうです。

環境保護より、経済成長が優先され、
いつの世も、弱者が犠牲者となって、土地を奪われ、仕事を失い、健康を害し、
やがては命も奪われてしまうとは…

しかし、公害は中国の専売特許では無いのです。
足尾鉱毒、イタイイタイ病、水俣病…「ロンドンの霧」だって公害。
現在も公害は無くなっていないでしょう。

“有毒物質を、散々まき散らしてきた先進国のツケを、
開発途上国が払うのは納得できない。”という考え方にも一理あります。
難しい問題です。

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「ここが私のふるさと」

昨夜は、「ETV特集」の方は録画したのですが、
「ウルルン」は、録画するの忘れていました。ガッカリ!

ETV特集、
「ここが私のふるさと ~福岡・中国残留孤児 新たな出発~」を見ました。

舞台となったのは、福岡市内の団地、ここで20人ほどの中国残留孤児達が、
生活保護を受けながら、暮らしていました。

帰国後20年経っても、日本語を殆ど話せない人達も多く、
毎朝、団地の広場に集まって太極拳をしたり、
中国語で話し合ったりするのが、何よりの慰めのようでした。

残留孤児達にとって、あくまで祖国は日本。
言葉が通じなくても、生活習慣や食べ物が違っても、是が非でも帰国したい。
その気持ちは、充分理解出来ます。
でも、中国人である配偶者の気持ちはどうなのでしょう?

日本が豊かとは言っても、配偶者にとっては外国、
中国にいれば身内もいて、それなりの暮らしも出来ていたでしょうに…

残留孤児本人にとっても、日本での生活は、夢に描いていたものとは程遠く、
“こんな筈ではなかった。”と、帰国を後悔した人もいるのでは…?

番組では、「博多どんたく」に参加する為に頑張っている様子を
紹介していましたが、私としては、日々の暮らしぶりを見たかったです。

ここにも、「戦争の犠牲者」は、いました。

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ETV特集「祖国ポーランドを撮り続けた男」

放送後、2週間近く経って見ました。
ETV特集「アンジェイ・ワイダ 祖国ポーランドを撮り続けた男」を…

アンジェイ・ワイダは、映画『灰とダイヤモンド』(1959)の監督として有名ですが、
(とは言っても、私は見てないのですが。)
ワイダ監督の最新作は、「カティンの森事件」を題材にした『カティン』…
(『カティン』は、アカデミー賞の外国語映画映画部門にノミネートされました。)

1939年、ナチス・ドイツ、ソ連に侵攻されたポーランドは敗北。
1940年、捕虜にされたポーランド軍将校など、4,000人以上のポーランド人が、
旧ソ連の秘密警察によって、虐殺(銃殺)されたのでした。

ドイツ軍の蛮行と主張し続けてきたソ連側が関与を認めたのは、
事件の50年後のこと…
歩兵連隊長だったワイダ監督の父も、カティンで虐殺された一人だったのです。

しかし、旧ソ連の影響下におかれたポーランドの国民にとって、
事件の真相を知ることは許されないことでした。

表現者の道を選び、映画を撮り続けたワイダ監督も、
民衆に訴えたかった真実は、国家の検閲によって削除されたのでした。

国家の体制や、支配力のためなら、事実をねじ曲げ、国民を欺くことは当然、
労働者に銃を向けることさえ正当化される…

程度の差こそあっても、
これは、社会主義国家だけに限ったことでは無いような気がします。
一般国民は、真実を知らされていないことすら、気付いていないのですから。

アンジェイ・ワイダ監督にとって、映画『カティン』は、
惨殺された父と、夫の死を信じないまま亡くなっていった母に、
捧げたかった鎮魂歌だったのかも知れません。

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激流中国「病人大行列~13億人の医療~」

15日のNHKスペシャル、激流中国「病人大行列~13億人の医療~」を見て、
医療の場に於いてさえ、
中国での格差と差別化が、想像以上のものと知りました。

でも、驚きはしません。“さもありなん”です。

北京にある、公立の大病院・同仁病院の朝5時、
氷点下8度の寒さの中を診察券を買うために、
二日掛かりで並ぶ人の数、約800人。
その診察券を、通常の金額の20倍以上で売るダフ屋が横行していました。

病院の経営が独立採算のため、自衛策として、
診察代、ベッドの保証代、全て、現金前払いが鉄則になっているのです。

救急車も有料で、病院に到着した途端、
付き添いの家族は料金を支払わされるシステム…恐ろしいです。

健康保険の制度が整備されていないため、支払う医療費は非常に高額で、
家族に病人が出ると、借金しなければならなく、
一家は、たちまち破産に追い込まれてしまう。

そのため、殆どの場合、手遅れになってから病院に行くとのことでした。

それにしても、中国の医師や看護士達は、
患者、家族に対して、日本では考えられないくらい冷酷でした。

政府が始めた農村向け医療保険も、結局は、何の役にも立たないのです。

北京の大病院が、富裕層向けに巨大化する一方で、
貧困層の人々への救済措置は無いうえに、農村地帯の医療は遅れていて、
設備と言えば、体温計、聴診器、血圧計しか無いとのことでした。

“オリンピックやる前に、しなければならない事があったでしょう!”
と言いたいですよ。

この番組を見ていたら、
「中国に比べたら、日本はマシだと納得しただろう。
保険料を上げても文句は言えないはずだ。」
と言われているように思えて仕方ありませんでした。

ところで、日本で暮らす人を含め、中国の人たちが、
この「激流中国」シリーズを見たなら、どの様に思うのかが気になります。

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日光・月光菩薩

現在、東京国立博物館にて、
平城遷都1300年記念の特別展「国宝 薬師寺展」が開催されていますね。
(~6月8日まで)

先日、NHKスペシャルでも、
「日光・月光菩薩 はじめての二人旅~薬師寺 1300年の祈り~」
を放送していましたね。

薬師寺のお坊さんも、菩薩の背中を初めて見たとのこと…
(なんと美しい曲線の背中なんでしょう!)
同じと思われていた高さも重さも、僅かながら違っていた…

私は全くの無信心者ではありますが、
お寺や神社は建築物として、仏像は美術品として、とても興味があります。
(大抵の人がそうでしょうが…)

国宝の日光・月光菩薩立像などが公開されているとあれば、
是非とも見たいとは思いますが、たとえ美術品として鑑賞する場合でも、
仏像はお寺にあってこそ、意味があるようにも思えるのですね。

ところで薬師寺と言えば、修学旅行で行かれた方も多い事でしょう。
私も40年前に訪れましたが、忘れられないのはお坊さんのお説教です。

白鳳時代の話に及ぶと、「…私は柏戸のファン…」と仰ったのでした。
当時の角界は、柏鵬(はくほう)時代(柏戸と大鵬)だったからなのですが、
その言葉だけしか覚えていないなんて、情けないですよね。

のちに知った事によれば、
拡声器を片手に説明されていた、そのお坊こそ、
「高田好胤」さんだったかも知れないのです。

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「昭和が終わった日」

「昭和の日」を考えたら、
1月7日に放送された、『昭和が終わった日』という番組を思い出しました。
(「昭和の日」に再放送されました。)

その中で、最も印象深かったのは、元BC戦犯の飯田進さんの言葉でした。
「誰も、戦争(人殺し)をやりたくはなかった。
天皇の命令で、人殺しをさせられただけなのだ。
その結果、敵にも味方にも、膨大な死、
そして、BC級戦犯として大勢が処刑されたというのに、
最後まで、(天皇から)一言の詫びの言葉も無かった。」(要旨)

紙切れ一枚で召集され、戦場に露と消えた若い命たち…
犠牲者は兵士だけではありません。

また、こんな新事実も、
「戦後25~50年間、アメリカ軍が沖縄に駐留することを提案したのは、
昭和天皇自身だった。」信じられない…

それでも、昭和を美化し、懐かしむのですね。
でも、昭和30年代を、レトロと言っている人というのは、
戦争を知らない世代の様にも思えるのですが…

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「日本国憲法誕生」

今日は「憲法記念日」。

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」は昨年の4月29日に放送された番組で、
芸術祭 第62回テレビ部門、ドキュメンタリーの部の優秀賞を受賞。

「憲法記念日」に放送するのであれば、例え再放送であっても、
深夜ではなく、誰もが見られる時間帯に放送しても良かったのに…
私は初回放送に見ていたのだけれど、またしても録画。

GHQ占領下の日本で、いかにして、日本国憲法が誕生したか…
GHQにより、極秘の内わずか一週間で草案が作られたのだが、
その草案をめぐって、国際社会が注目していた。

第9条を象徴する「平和憲法」は日本の誇り、
基本的人権、生存権、男女同権、義務教育…

“日本の憲法は、アメリカに押しつけられた憲法だから改正するべきだ。”
と、改憲論者は言う・・・
然し、日本国憲法には、日本側の意見も反映されていた。

なぜそんなに戦争がしたいの…?
儲かる人がいるから…?

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「情熱大陸」

「情熱大陸」、興味深く見ています。
最近では、「さかなクン」が良かったです。

さかなクン(宮沢正之さん)は、いつ見ても明るく爽やか、
どんな時も一生懸命で、模範的な好青年ですよね。
青年と言うより、永遠の少年ですね。

さかなクンが描く魚のイラストは、とても愛嬌があって、
魚に対する、さかなクンの愛情が感じられますね。(ややこしい…)

続きを読む "「情熱大陸」"

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「悲劇の島 チェジュ(済州)」

ETV特集、「悲劇の島 チェジュ(済州)」~「4・3事件」在日コリアンの記憶~

60年前の韓国・済州(チェジュ)島で起こった「4・3事件」、
隣国でのこの事件を、恥ずかしながら知りませんでした。

1948年から起こった「4・3事件」では、島民の3万人が虐殺されたとのことですが、
韓国国内では、今までずっと「共産主義者の暴動」として、
事件の真相は、封印されていたままだったのです。

しかし、2000年になって、
事件の真相糾明の為の「4・3特別法」が制定されたことにより、
犠牲者の名誉回復が図られ、
2003年には、ノ・ムヒョン大統領が、政府としての謝罪を発表したそうです。

事件の真相は、「共産主義者の暴動」などではなく、
島の民主化を進めていた島民への、「当局による弾圧」だったのでした。

弾圧の手から、日本に辛くも逃れて来た人達に待っていたのは、過酷な運命でした。
迫害と差別…それは、2世3世にも及ぶもの…
安住の地とは言えなかったのです。

60年ぶりに家族と再会を果たした女性の笑顔は、とても晴れやかでした。
それにしても、こんなにも長い年月が必要だったとは…

国家にとって都合の良いように、事実をねじ曲げられ残される記録…
如何なる事でも、歴史は正しく伝えられなくてはいけない。
同じ過ちを繰り返さないためにも…
それは、どこの国についても言える事ではないでしょうか。

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「中国が日本を捨てる日」

ドキュメント’08 
「中国が日本を捨てる日」~食糧自給率39%の贅沢~
を見て、私の目からウロコが落ちました。

輸入野菜には、残留農薬やポストハーベストの心配があることから、
たとえ、安かったとしても、以前から避けていました。

特に中国産の野菜には、
基準値を大幅に上回る残留農薬が検出されたこともあり、
今では、お店で中国産野菜を見かけることすらありません。

ところが、番組によれば、
元々中国では、農薬を使用することは無かったとのこと。
中国に農薬を持ち込んだのは、他でもない日本の輸入業者の方だとか。

10年程前、中国の生産農家に対して、
“形が同じで、虫食い一つ無い野菜”を作るため、
農薬を使うことを要求したそうなのです。

野菜は、工業製品では無いのに…

一方、安い輸入野菜の影響で、
日本の農家は、丹誠込めて生産された農作物の20%は廃棄処分となり、
作れば作るほど、赤字が増える状態…悲しい現実です。

また、国産の野菜が高いのも、
“大きさや形を揃えなくてはならないし、
きれいに洗浄し、パック詰めしなければならないからコストが上がる。”
と聞いたことがあります。

余談ですが、
中国製の漂白剤漬け割り箸にしても、
真っ白でないと、日本に買ってもらえないからなのでしょう。

結局、日本側にも責任はあるように感じましたね。

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病の起源「骨と皮膚の病」

NHKスペシャル 病の起源、第2集
「骨と皮膚の病~それは“出アフリカ”に始まった~」、とても面白かったです。

約20万年前の、アフリカで誕生したホモ・サピエンス…

それ以前の人類は、チンパンジーと同じ様な体毛に覆われていて、
強い日差しを避けるため、森の中に暮らしていた…

やがて、森から出た祖先の人類は、サバンナの強烈な太陽から身を守るため、
体毛と引き替えに、褐色の肌を獲得していったのだと言う。
(体毛は、汗を蒸発させないから。)

およそ6万年前、アフリカを出発したホモ・サピエンスは、
数万年の時を経て、地球を旅したのです。
(『エイラ・シリーズ』の世界ですね。)

しかし褐色の肌は、日照の少ない地域では、
メラニンが紫外線をブロックして、ビタミンDが作れない。

悠久の時を掛けて、人類は環境に適した肌(目、髪)の色(メラニンの量)を
獲得していったという訳です。

ところで、イギリス人が移住して200年余りのオーストラリアでは、
国民の3分の1の人が、皮膚ガンに罹る可能性があるそうですね。

また、大型スーパーの進出に伴い、
伝統的食生活から、欧米風食生活に変化してきたイヌイットの人達には、
骨粗鬆症の問題が持ち上がって来ているとか…

日本でも老人の、骨粗鬆症による転倒骨折が、
年間60~80万人とか…

紫外線は、皮膚ガンを引き起こす要因になり、
ビタミンD不足は、骨粗鬆症を引き起こす・・・どうすればいいの?

答えは、「外気浴は、真夏は5分、真冬や曇天では10分で充分!」、
でも、これも時代によって変わっていくのでしょうね?

オゾン層は、破壊され続けています…

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「痛みが美に変わる時」

毎回、期待を裏切られることのないETV特集、
先日の「痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界」も素晴らしかった。

松井冬子さんは、女性初の東京芸術大学日本画専攻の博士号を取得された、
若手の日本画家。

以前、初めて松井さんを知った時、彼女の容貌の美しさとは裏腹に、
作品のグロテスクさには、強い衝撃を受けたのでしたが、
今回の番組で、制作過程の密着を見られたことで、
芸術家としての確かさと、絵画に対する一途さを知りました。

鎌倉時代の「九相詩絵巻」も、
内容としては、充分恐ろしい絵には違い無いけれど、
絵自体が少し漫画的なため、現実みを感じないのです。

でも、松井さんの作品は、とにかく怖いのです。
そして、円山応挙の幽霊画に共通する、
写実的でありながら、幽玄な美しさもあるのです。

ただ、応挙の幽霊画には、リアルの中にも、優しさがある様に思えるけれど、
松井さんの作品は、
自ら内蔵を暴き見せつけながらも、微かな笑みを浮かべている女性など、
おぞましいまでの執念や狂気が迫って来て、目を背けたくなるのですよ。

それでいて、映画の恐ろしいシーンを、目隠しした指の間から見てしまう様に、
見ずにはいられない魔力が潜んでいるようにも思えるけれど…

とは言っても、ネズミの解剖など出来ない私には、到底理解し難く、
展覧会には行けたとしても、画集を買おうとは思いませんね。
(手元にあるのは怖いから…)

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「神聖喜劇ふたたび」

「テレビ依存症」とまでは行かないまでも、番組表をチェックし、
ドキュメンタリー番組を録画するものの、見るゆとりが無いのが残念です。

先日の、ETV特集、
「神聖喜劇ふたたび~作家・大西巨人の闘い~」、ようやく見ました。

1919年生まれの作家・大西巨人の代表作である長編小説『神聖喜劇』が
漫画化されたことにより、若い人達にも知られる様になったそうです。
そして、映画化も進められているのだとか…

番組は、西島秀俊(主人公陸軍二等兵・東堂太郎)、
塩見三省(陸軍軍曹・大前田文七)、
伊藤淳史(冬木二等兵)、その他の俳優さんの朗読劇で再現していました。

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BSドキュメンタリー『山の分校』

保存してあった番組、
BSドキュメンタリー『山の分校~中国・代用教員と子どもたち~』を見ました。

中国の僻地での教育を支えているのは、
教員資格の無い代用教員の人達、その数、36万人以上とか…

中国のほぼ中央、陝西(せんせい)省、
紫陽県にある、油房小学校の分校で教鞭を執る、
24歳の冉蘭(ぜんらん)さんも、その一人です。

大学を卒業し、外資系企業に就職したものの、
都会での人間関係に疲れ傷付いた彼女は、
故郷に戻り、月給600元(教員の半額)の代用教員の道を選びました。

麓の婚家から分校までは、車が通れない山道を1時間以上掛かるので、
普段は泊まり込みで頑張っています。

村の暮らしは大変貧しく、食事は1日2食が当たり前…
分校の設備も劣悪で、遊具は勿論のこと、消毒液さえありません。
まさに、映画『あの子を探して』(1999)の世界そのものです。

子供達の両親は出稼ぎに出ていて、祖父母が面倒をみているため、
就学年齢(6歳)に満たない3~4歳の子供まで、
山道を片道1時間半も歩いて登校しています。(託児所代わり)

ある時、1人の男の子が、勉強ができたご褒美にと、
先生がポケットマネーで購入した、小さな“鉛筆削り”を貰いました…

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「北京、怒れるニュータウン」

昨夜のNHKスペシャルは、
激流中国、「北京、怒れるニュータウン~沸き上がる住民パワー~」でした。

北京オリンピックを目前に控え、急速に変貌していく町の景観、
郊外には、高層マンションが建設されています。

購入した家の所有権を保証する法律、「物権法」が作られた事もあって、
人々は、近代的なマイホームを手に入れようと必死…
しかし、法律が変わっても、実態は旧態依然としたものに見えました。

大金を注ぎ込んで、念願のマイホームを手にしても、
ニュータウンで待っていたのは、外観とは裏腹な生活でした。

契約書は名ばかりで、入居して10年経っても、約束のガスは引かれず、
“売り”のプールには水も無い…
管理会社は管理費を取るのみで、役目を果たそうとはしないからです。

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「いのちの声が聞こえますか」

30日放送のETV特集は、
「いのちの声が聞こえますか~高史明・生と死の旅~」でした。
録画はしましたが、時間の都合でまだ見ていません。

作家の高 史明(コ・サミョン)さんは、現在74歳。
息子の岡真史さんは、わずか12歳で、時を止めてしまったのでした。

あれから、もう、33年も経ってしまったなんて、月日の経つのは早いですね。
岡 真史(おか まさふみ)さんが遺した詩の数々は、ご両親の手によって、
『ぼくは12歳 岡 真史詩集』(高 史明・岡百合子編 筑摩書房)になりました。

今も私の本棚にあります。

20080401

岡 真史詩集『ぼくは12歳』
高 史明・岡百合子編 (筑摩書房)

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民主主義「闇」へ

ドキュメンタリー・シリーズ、「民主主義~世界10人の監督が描く10の疑問~」
という番組がありましたが、
その中の“アメリカ版「なぜ 民主主義?(WHY DEMOCRACY?)」「闇」へ”が、
アカデミー賞・長編ドキュメンタリーを受賞しました。
監督は、アメリカ人のアレックス・ギムニー監督。

無実のアフガニスタンの男性が、アメリカ軍に虐殺されたことを発端に、
アメリが軍の「闇」が紹介されました。

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「上海から先生がやってきた」

先日放送されたNHKスペシャル、
激流中国「上海から先生がやってきた~貧困の村で~」を見ました。

中国での豊かな都市部と、貧困であえぐ農村部での収入格差は10倍、
農村部での月収が1,000円程度の貧困人口は約6,000万人、
(中国全土では約8億人!)
国が指定する貧困県は、全国に600ヶ所…

農村地域の人達を助けるプロジェクト「支教団」に参加した都会の学生は、
今までに10万人…貧しい子供達を助けたい気持ちのボランティアです。

昨年の8月にも、全国から600人の大学院生が集まりました。
「支教団」の一員となって、1年間、農村部でボランティアの先生を務めるのです。
「支教団」の目的は、農村の若者の人材を育てること。

番組では、
最貧困地域の寧夏回族自治区西吉県に派遣された13人の若者の1人、
梁 佩思(りょう はいし)さん(22歳)に密着しました。

梁さんは裕福な家庭に育ち、高校生の頃から、成績は全国で常にトップスラス、
撮影当時は、上海の復旦大学に通う大学院生でした。

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アシュリーちゃん

フジテレビ系列の番組、サイエンス・ミステリー
『それは運命か奇跡か!?~DNAが解き明かす人間の真実と愛~

以前より見てきた、アシュリーちゃんの事が、とても気になっていました。

ロビン・ウイリアムズ主演の映画『ジャック』(1996)を観た時は、
通常の人の4倍の早さで成長するジャックの悲しみに泣きましたが、
「でも、これは映画なんだから…」と言う救いがありました。

その頃は、まだ、アシュリーちゃんのことを知らなかったから…
アシュリーちゃんは、紛れもない現実です。

カナダに住む、アシュリー・ヘギは現在16歳。
生後9ヶ月で、“プロジェリア(早老症)”を発病しました。

プロジェリアは遺伝子の異常で、通常の10倍の早さで老化するといいます。
300万人に1人の割合で発症し、平均寿命は13歳…
(ウィキペディアによれば…)世界に46人いるそうです。

TVに映るアシュリーちゃんは、いつも前向きで、
あるがままの自分を受け入れ、短い人生を、精一杯生きています。

プライドがそうさせているのか、母親を悲しませたくないからなのか、
涙は、誰にも見せないようにしているのかも知れません。

私に出来る事は唯一つ、遠くから見守っているだけ…

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プレミアム10「80歳・決着に挑む」

プレミアム10「80歳・決着に挑む~元兵士たちの日米野球~」を見ました。
深い感銘を受けました。

こういう番組こそ、戦争を知らない多くの世代(私もですが)の人達に
見て貰いたい番組です。

かつて、命をかけて戦った敵同士の、日米の元兵士たちは、
野球(ソフトボールを使用)で決着を付けるべく
昨年12月、終戦後60数年後のハワイ・真珠湾近くの野球場で、
再会を果たしました。
双方の元野球少年達の平均年齢は80歳…

“オーバー・ザ・レインボー”のチーム名で、
「今度こそ勝って帰りたい…終わりにしたい。」と緊張を隠せない日本側に対し、
終始リラックスムードのアメリカ側…

野球は、圧倒的なパワーのアメリカ側の圧勝に終わりましたが、
時間が進むうち、互いのわだかまりは、
次第に友情に変わっていったのでした。

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「激戦 アメリカ大統領選挙」

NHKスペシャル「激戦 アメリカ大統領選挙~鍵をにぎる中間層~」を観ました。

今年は閏年、オリンピックの年、アメリカ大統領選挙の年…
民主党では二人の候補者が、指名獲得に向け、激しくしのぎを削っています。

一人は、かつてのファースト・レディー、ヒラリー・クリントン上院議員、
一人は、唯一のアフリカ系アメリカ人の上院議員、バラク・オバマ氏。

女性とアフリカ系、どちらも史上初めてなので、
日本のメディアでも、連日、大きく取り上げられていますが、
共和党に関する報道は、極めて少ないです。
(オバマ氏はアフリカ系と言っても、奴隷の子孫のアフリカ系では無く、
黒人と言っても、ミックス(ハーフ)です。)

アメリカの中心部に位置するため、“ハートタウン”と呼ばれているミズーリ州、
番組は、スーパーチューズデー前のセントルイスを取材していました。

アメリカに広がる、経済格差、
ブッシュ政権の、富裕層への優遇措置のため、
アメリカでは、国民の1割の富裕層が、冨の7割を独占する一方、
中間層(人口の約半数)の生活は苦しく、食べていけない人も多いのだとか…

オバマ候補は、
「経営者が10分で稼ぐ金額は、労働者の年収以上。」と…
大統領選挙にとって、勝敗の鍵は中間層の票なのだそうです。

共和党は、今後もイラク戦争を終結するつもりは無いと言います。
税金はイラク戦争に消え、戦争で懐が豊かになるのは、富裕層ばかり、
しかし、戦場に送られ、戦死するのは貧しい家庭の息子ばかり…
経済格差が、人間の命までも左右しているアメリカの姿がありました。

医療保険にしても、低所得者層(日本円で年収200万円以下)は、
国の公的保険に加入出来るが、中間層は民間保険に入るしかないそうです。

現実は、中間層の(6人に1人)は、高額の保険料が払えない為に未加入で、
病気になっても、医療保険に未加入を理由から、治療を拒否されると言う。
(治療費の支払い能力が無い、と見なされるので…)

もし、オバマ氏が大統領になったら…やはり、“暗殺”が心配です。
アメリカは、人種差別と銃の国だから…

でも、もし私がアメリカ人なら、きっと、オバマ氏に投票するでしょう。

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ドキュメンタリー「EQを高めるには?」

世界のドキュメンタリー「欧米の教育現場から」、
「イギリス 感情をどうコントロールするか EQを高めるには?
(EQ and the emotional chrriculum)」も興味深い内容でした。

「EQ こころの知能指数」の著者、ダニエル・ゴールマンによれば、
世の中は、頭の善し悪しを判断するするのに、IQを基準にしがちですが、
学校なり、職場なり、同レベルのIQの集団や、実社会においては、
IQは必要で無くなり、
感情をコントロールする能力の“EQ(人格的知能指数)”が、
より重要となるとのこと・・・その通りですね。

物事に粘り強く取り組み、最後まで頑張り通す能力、
トラブルを解決する能力、
他人と協力し合い、それぞれの能力を発揮しあえる能力、
怒りを抑制する能力、衝動を抑える能力が、より大切となるのです。

いかにして、自分の考えを相手に伝えられるか、また説得出来るか、
相手の立場で考えられるか、
つまり、学力テストの結果だけに目を向けるのではなく、
精神を発達させること、適切な人間関係をつくる能力の重要さを、
番組は教えてくれました。
(ある小学校では、“日記を付ける”指導をしていました。)

30年前のニューヨークで実験されたという
4歳児対象の「マシュマロ・テスト」は興味深かったです。

マシュマロ(子供の好きなお菓子)を、1つだけ子供の前のテーブルの上に置き、
「5分間ガマンできたら、3つあげる。」と言い、部屋に子供1人残す。

2/3の子供はガマンできたのですが、
なぜなら、その子供達は、気を紛らわす事が出来たからなのです。
歌を歌ったり、指を使って遊んだり、
マジックミラーに向かって、百人相をしてみたり…

でも、我慢できなかった子供達というのは、
目の前のお菓子に、全神経が集中してしまって、
食べたい衝動を、抑えられなかったのです。

実験を受けた子供達は、親の協力のもと追跡調査されたのですが、
マシュマロを食べなかった子供達は、食べてしまった子供に比べ、
成長してからも、成績も優秀で、
社会に上手く適応する事も出来た人が、多かったそうなのです。
(もちろん実験結果が全てではありません。)

とは言っても、今後も、IQ重視の社会が続くのでしょうね。

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ドキュメンタリー「初めての集団生活」

先日、NHK教育で再放送していた、
世界のドキュメンタリー「欧米の教育現場から」(録画)を観ました。
タイトルは、
「イギリス 初めての集団生活(SECRET LIFE OF THE CLASSRONN)」。

イギリスの義務教育は5歳からなのですが、公立学校や幼稚園には、
就学前の4歳児対象に、レセプションクラス(就学前学校)が併設されていて、
子供達は、そこで初めての集団生活を体験します。(期間は不明。)

同じ4歳児でも、体格も違えば、性格も千差万別、
エネルギーが余って乱暴したり、玩具を壊す子、
一人で着替えが出来ない子、
友達を作るすべが分からなくて独りぼっち子、おませな子等々…

教師達は、どんなに些細な出来事も見逃さず、
一見、良くない行動であっても、一方的に決めつけたり、叱ったりせず、
必ず、子供の言い分に耳を傾け、
(大人の考えを押しつけるのではなく)子供自身に考えさせていました。

すると子供は、「(オモチャが)壊れるとは思わなかった。」とか、
「(それが)悪いこととは知らなかった。」と言うのです。

ちょっとした事でも、「先生は嬉しい。」と言葉に表し、
褒めたり、勇気づけたり、自信を持たせたりしながら指導する
教師の姿勢は素晴らしかったです。
「静かに、はっきり話せば、子供達は理解し学び取る。」とのことでした。

「撮影されているからでは…?」と言ってしまえば、それまでですが、
以前観たドキュメンタリー番組、
「中国の寄宿制幼稚園」での教師(園児の様子も)とは、
余りにも違っていましたね。

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ETV特集「禁じられた小説」

ETV特集「禁じられた小説~七千枚の原稿が語る言論統制~」を観ました。

織田作之助の『続・夫婦善哉』の未発表原稿が発見されたことに象徴される、
60年前までの、我が国に存在した(政府による)「言論統制」がテーマ。

番組では、総合雑誌『改造』を代表とした「言論統制」という名の「言論弾圧」、
新聞に限らず、すべての出版物の原稿は検閲され、
当局の都合の悪い文章は削除、あるいは伏せ字となり、
すでに印刷された出版物に関しては、切り取り処分されたこと…
これらは、発売禁止処分を恐れた編集者が、自ら行ったことでもあったのです。

『続・夫婦善哉』のように、庶民の日常を描いた小説でさえ、
戦意高揚の気運にそぐわない物とされたのでした。

全くのでっち上げである「横浜事件」や、
政府と日本人住民による、数千人以上の在日朝鮮人虐殺、
小林多喜二などプロレタリア作家や反戦主義者の拷問死、
それらを知っていただけに、番組を観ても驚きは無かったです。

怖いのは、過去の事実を闇に葬ってしまって、
今の若い世代に、過去の過ちを伝えない事ではないでしょうか。

現在、日本には言論統制は無いのかも知れません。
しかし、メディアによる情報操作があることは確かです。

総選挙の前に放送される「ドキュメンタリー番組」や「報道特集」のテーマ、
通常のニュースやワイドショー等でも、それは感じます。
大げさに言うなら、「プロバガンダ」の一種のような…

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ETV特集「父とチャコとボコ」

ETV特集、「父とチャコとボコ」~金子光晴・家族の戦中詩~
を観ました。

金子光晴と言えば、反骨、反戦を代表する現代詩人ですが、
昨年古書店で発見された、彼の手書きの詩集「三人」は、
戦時下での家族三人の詩のための、世界でただ一冊の詩集なのです。

河口湖畔の小さなバンガロー暮らしは、
父(金子光晴)、チャコ(妻・森三千代)、ボコ(息子・森乾)の、
軍国主義国家からの逃亡であり、反逆であり、
また静かな抵抗と戦いでもありました。

一人息子を、戦場に送らないため、
松葉や杉の葉を燻した煙を吸わせ、喘息や結核を装い、
徴兵から逃れての隠遁暮らしでした。

最愛の息子の命を守るためとは言え、
そして、愚かで空しい戦争そのものを否定したからとは言え、
そこまで出来る国民が存在したことに驚きました。

番組では、森乾さんの娘・松元夏芽さんの目からみた、祖父・金子光晴像や、
在日アメリカ人詩人、アーサー・ビナードさんの解釈も興味深かったです。
また、金子光晴が画才にも恵まれていた事は、新しい発見でした。

ところで、私が知りたかったのは、
彼自身によって清書された、一冊だけの詩集が、
どんな経緯で、古書店ににたどり着いたのかと言うことです。
謎です…

***********************:

「重箱のように、狭っくるしい日本よ。
すみからすみまで、いぬの目の光っているくによ。……」

「失禮千萬にも、俺達を招集しやがるんだ。
戸籍簿よ、早く焼けてしまえ。
誰も、俺の息子を、おぼえてるな。……」

「この生きている眼で、ボコをみることができる。
そのよろこびを分かちあうのは、
父とチャコの二人だけ……」
                       ~金子光晴の詩より~

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「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」

21日のNHKスペシャルは、科学放送高柳記念賞、受賞作品、
「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」でした。
今まで知らなかった「赤ちゃんの不思議」を知ることができました。

生まれた直後の赤ちゃんを立たせてみると、足は歩行の動作をするのですが、
これは、生まれながらに備わっている「原始歩行」というもの…
でもそれは、生後3ヶ月程で消えるそうです。

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ETV特集「僕たちのアイヌ宣言」

ETV特集、「僕たちのアイヌ宣言~“民族”と“自分”のはざまで~」を観ました。
番組を通して、民族とは何かを考えさせられました。

音楽や舞踊を中心に、アイヌ文化を紹介している「アイヌ・レベンス」は、
アイヌの若い世代のグループですが、
先住民族でありながら、生まれながらに酷い差別を受け、
自分で自分の存在を、否定し続けていたと言います。

しかし、日本とは違い過ぎる外国での先住民の位置や、
アイヌ民族以外の、日本でのマイノリティーの存在、
教科書には載っていない、アイヌについて書かれた書物で知った歴史、
何より、アイヌのエシカ(長老)の話しを聞くことで、
それまで、否定し続けたアイヌを知り、
“誇りと喜びに変わっていった”と語っていました。

日本は大和民族だけの「単一民族国家」と思っている、多くの日本人。
「アイヌ文化振興法」を制定しても、アイヌを民族として認めようとしない政府。

思い出すのは、小学生の時に読んだ石森延男の小説『コタンの口笛』と、
映画教室で観た同名の映画です。

科学は驚異的に進歩しても、一方で、ほとんど変わっていない差別の実態、
自分も日本人の1人だと思うと、辛いです。

以前、ETV特集で、
民族解放に生涯を捧げた、今は亡き萱野茂さんの
「ある人間(アイヌ)からの問いかけ“萱野茂のメッセージ”」がありました。
(ETV特集は、再放送されない(基本的に)のが残念です。)

また、宇梶剛士さんのお母様で、詩人の宇梶静江さんも、
活動家として有名な方ですね。

下の画像は、40年以上も昔、北海道を旅した従姉に買ってきて貰った、
“アツシ織り”の小物入れです。

20080115

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「プロフェッショナル 仕事の流儀」

「プロフェッショナル 仕事の流儀」も、興味深い番組です。
昨夜は「修行は、一生終わらない すし職人・小野二郎」でした。

現在82歳の小野二郎さんは、家庭の事情により、
わずか7歳で料亭へ奉公に出されたそうですが、
司会者の「一番辛かったことは?」の質問に、「眠かったこと。」との答えでした。

現在も中野の自宅から新宿の店まで、
40分の道のりを徒歩で通っているのですが、
姿勢といい、速度といい、とても82歳とは思えないものでした。
また職業柄、日焼けと怪我の防止のため、1年中手袋は欠かせないそうです。

小野さんは自らを不器用と語り、
「人より不器用なため、人の何倍も努力した。(職人は)不器用な方がいい。」
とのこと…
また、仕事というのは、
「“自分に向いていない、合ってない”のでは無く、与えられたどんな仕事でも、
自分の天職と信じて、努力するもの。」と話していましたが、
さすが、職人さんらしい言葉ですね。

現在も「どうしたら、もっと美味しくなるのだろう。」と、常に考えていて、
それが楽しいことでもあるそうなのです。
職人の世界は、「生涯現役、そして、生涯修行」なのでしょうね。
大変でもあるけれど、幸せなことでもあり、羨ましいことでもありますね。

余談ですが、貧乏人の私としては、
すべて天然物の「20カンのおまかせ」の料金が気になりました。
そして、さすがNHK 、小野二郎さんのお店「数寄屋橋 二郎」ばかりか、
「ミシュラン」さえも言わないとは…いつものことではありますが…

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「激流中国 5年1組 小皇帝の涙」

昨夜放送のNHKスペシャル、「激流中国 5年1組 小皇帝の涙」を観ました。

番組は、中国・雲南省にある、公立小学校の5年1組が舞台、
中国での教育の現場を垣間見せてくれましが、
日本以上に成績偏重、学歴至上主義なのに驚かされました。
(公立小学校でありながら、学校自体がレベル分けされているのも驚きでした。)

学級委員の選出(保護者も投票するのです!)も、遠足のグループ分けも、
友達の選び方も、全て成績のみで決められ、
毎日、山のような宿題で、友達と遊ぶどころか睡眠時間もままならない現実…

算数は日本の中学生レベルで、当然、落ちこぼれの生徒も出てくる訳ですが、
両親、教師のみならず、勉強の出来る生徒からも、容赦なく叱責されるのです。

テストの結果が向上しても、常に、クラス一の生徒(学級委員)に比較され、
決して親から褒められることは無いどころか、四六時中そばにいてお説教され、
風邪で高熱が出ても、両親は、身体のことより勉強の遅れを心配する…

子供達の涙を流しての“心の叫び”も、
親たちに届かなかったのが哀れでした。…親も必死なのです。

こういう現場がある一方で、
地方には、きっと、映画『あの子を探して』のような学校も存在するのでしょう。

地域間格差、所得格差、一人っ子政策の様々な弊害、知的財産権の問題、
中国製品及び食品の安全性、大気汚染や水などの衛生問題、
また、タイトルは忘れましたが、
以前BS1で放送していた“寄宿制幼稚園のドキュメント番組”に見る反日教育…
チベット問題、人権問題、等々…
日本にも多大な影響があるだけに、中国の今後が気になります。

まずは、数々の問題を抱えての、北京オリンピックですが、
はたして大丈夫なのでしょうか?

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ETV特集「大東京の真中で、一人~詩人・中原中也を歩く~」

先日放送のETV特集、
「大東京の真中で、一人 ~詩人・中原中也を歩く~」を観ました。

中原中也は、青春期に、誰でも(?)一度は虜にさせられる詩人ですが、
御多分に洩れず、私もその一人でした。

仲間の詩人の誰よりも、詩に対する情熱が激しかったために、
みんなから敬遠され、孤立していったとしても、
そうするしか、術がなかったのでしょう。

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~和食のこころを伝えたい~

昨夜の、「栗原はるみの挑戦~和食のこころを伝えたい~」を観ました。
内容は、アトランタの大学で、日本の家庭料理を英語で教えるというもの。

アトランタと言えば、『風と共に去りぬ』の舞台・・・と思っていたら、
「マーガレット・ミッチェル記念館」が映し出されたのには得した気分・・・

アトランタにある、評判のレストランで注文した人気メニューの“水牛バーガー”、
水牛は、牛肉に比べて、カロリー半分とのことですが、
いくら低カロリーでも、あの量を食べたら、完全にカロリーオーバーですよね。

以前『英語でしゃべらナイト』で、マーティ・フリードマンさんが言っていましたが、
アメリカ人は、とにかく量が多いことが重要で、得したと思うそうなのです。
だから、肥満の人が多いのでしょうね。

栗原さんが教えた家庭料理は、
栗原家の定番おもてなし料理の「うら巻き寿司」でした。
アメリカ人にも、巻寿司は何とか作れそうですが、
でも、すし飯自体を作るのが難しいのでは?と思いましたが・・・

栗原はるみさんは、昨年『3ヶ月トピック英会話』に出ていましたが、
(ジョン・オコーナーさんも出演していました。)

それまで、栗原さんというと『きょうの料理』などで観たことがある程度・・・
作る料理にも、彼女自身にも、特に関心はありませんでした。

『3ヶ月トピック英会話』を観てからは、彼女に対しての印象が変わりました。
60歳近くになっての、英語にチャレンジする姿勢に脱帽しましたね。
年齢に関係なく、目的と、強い意志があれば、大抵なことは可能なのですね。

番組の中でも、
「50代までは“来年は良い年にしたい。”と思っていたけれど、
今は、“明日を幸せな一日にしたい”と思っている」と言っていました。
本当にそうですね。

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「あなたの笑顔を覚えていたい」

初回放送を見逃してしまったNHKスペシャル、「あなたの笑顔を覚えていたい」、
再放送で観ることが出来ました。

三重県に暮らす岡本紀美さんは、10歳の夏休みに交通事故に遭い、
一命は取り留めたものの、3ヶ月間の昏睡状態に…
そして、「高次脳機能障害」になってしまったのでした。

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「吉永小百合~知られざる“母”への思い」

18日のNHKスペシャルは、「吉永小百合~知られざる“母”への思い~」でした。

いつだったか、最初に番組のHPを見た時は、
確かに、「吉永小百合~知られざる“母”との葛藤」というタイトルでしたが、
翌日には副題は消え、「吉永小百合(仮題)」に…
どうやら、最終的に、このタイトルなったようですね。

やはり、当初のタイトルでは、まずかったのでしょうかね?
ともあれ、番組は期待して見ました。
例の如く、録画して…

吉永さんと言って思い浮かぶイメージは、
名前に相応しい美しさ、清楚で聡明、知的で直向き、
そして、芯の強さ、などです。

62歳になられた現在でも、それが変わらないのは奇跡的ですよね。

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アジアに生きる子どもたち~友だちと、また遊びたい~

“アジアに生きる子どもたち”
「友だちと、また遊びたい」~フィリピン 農地改革に揺れる島で~を見ました。

ネクロス島のロブレスに暮らす、14歳のジュディマリーの願いは、
幼馴染みの親友ローリンと、前のように遊ぶこと。

ローリンとは、もう2年も話しすらしていないのです。

なぜなら、ジュディマリーは、“土地を求める親の子”で、
ローリンは、“農園で働く親の子”だから…

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「学徒兵 許されざる帰還~陸軍特攻隊員の悲劇~」

 先日放送されたNHKスペシャルの、
「学徒兵 許されざる帰還~陸軍特攻隊員の悲劇~」を観ました。

 中学生の頃に『きけわだつみのこえ』と出会ってから、
それなりの関心はありましたが、これまでの認識を覆す程の衝撃的な内容でした。

 第一に、特攻隊員は志願兵だと信じていましたが、そうではなかったことです。
当時の学生は、最高学府で学ぶ教養高きインテリ達でありながら、
私達には考えられない様な、犠牲的“愛国心”があったのだと思い込んでいました。
それは多分、軍国主義教育によるものなのだろうと…

 また、反戦思想を持ちながらも、選択の余地のない状況の中で、
自ら、志願して逝った、前途有望な20歳前後の若者達なのだと…

 しかし事実は違いました。
特攻隊員は、動員された学徒兵から、強制的に仕立てられたのでした。

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「失われた文明」インカ、マヤ

7月1日のNHKスペシャルは、
「失われた文明・インカ、マヤ」の第1集「アンデス、ミイラと生きる」。
インカ、マヤ、そしてミイラ…覚悟はしていたが、余りにも衝撃的な内容でした。

私にとって、ミイラとは「恐ろし」としか表現のしようが無く、
「世界ふしぎ発見」などで、たまに映し出されても、
その都度、「ドキッ」とし、画面は見ていても、直視は出来ないのです。

今回の「NHKスペシャル」でも、耳はしっかり働いていたけれど、
目の方は、どうしても、サボりがちとなったのでした。

インカからイメージするのは、数学、天文学や建築など高度な文明と共に、
ミイラ、「生け贄」で、それは、古代エジプトのものとは全く違質なのです。

インカのそれは、葬るというより、
死後も、家族の一員として、共に生き続けるという考えで、
驚いたことに、同じ部屋で生活を共にし、食事を与えられ、着替えさせて貰い、
髪も結い直して貰っていたのです。

また当時の貴族にとって、支配者のミイラは、人民を支配するのに、
これほど、利用価値のあるものは無かったようなのです。
形があることで、王の命は永遠で、貴族は王を守るという大義名分があり、
一族は亡びることなく、繁栄し続けた訳ですから。

勿論、これらは過去の風習ですが、現在でも、ミイラは身近にあって、
子供達も恐がることも無く、村の通りにある簡単な祠の中を見ながら、
極々自然に手を合わせるのです…まるで、お地蔵様に手を合わせる様に。

テレビの映像であっても、私には気味悪くて、視線を外してしまったのに…
その映像はは、文化の違いをまざまざと、実感させられるものでした。
祖先から受け継いだ、DNAによるものでもあるのでしょうが…

それにしても、まるで眠っているかのように美しい子供の「生け贄」達、
現在とは、価値観が違うとは言え、人の気持ちはそれ程変わらないはず、
当人はもとより、親の気持はどうだったのでしょうか?

そして、とてつもなく長い時間を経た後、曝されることになるとは、
誰が想像出来たでしょうか?

この番組のオフィシャルサイトでは、画像を見ることができます。
興味と勇気がある方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

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