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「花子とアン」

別れの場面でのスコット先生の「ゴキゲンヨウ」は、
最初で最後の日本語でした。

ブラックバーン校長もスコット先生も、
何十年も日本にいるのに、日本語が話せないなんてあり得ない…
と思う人もいるようですが、ミッションスクールを卒業した人の話しでは、
外国人教師は日本語を話す必要が無く、覚えようともしないので、
長く日本で暮らしていても、挨拶程度しか日本語が出来ない人も多いそうです。

特に自国の文化に誇りを持つ人ほど、日本語を覚えようとしないとか…
大人の場合、習う気持ちがない限り覚えられないのかもしれません。

ところで、スコット先生の後ろ姿を見て思ったのですが、
「戦後強くなったのは靴下と女性」同様、
今は「シームレスストキング」も死語となったようです。

ナイロン製が出来る前のストッキングは木綿か絹(日本の)製で、
後ろにシーム(接ぎ目)がありました。

ナイロン製が出来てからもシームはあったので、
ストッキングを穿くのも神経が要ったみたいです。

絹のストッキングは大変高価で、しかも伝線しやすかったため、
修理する職人さんがいたと母から聞いたことがあります。

パンストが発売された当時は、ストッキングと違い伝線した方だけ捨てることが
出来ないので不経済に感じたそうです。

そのパンストも、今では冠婚葬祭の際しか穿かない女性が殆どの時代に
なってしまったから、一年中スカートでパンスト着用の私は、
陰で「変わり者」と言われているかも…

ドラマと関係ない話ばかりで失礼致しました。

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コメント

anneさんへ
シームのナイロン製ストッキングは母が持っていましたが、絹は見たことがありません。
ストッキングに比べて「パンスト」って色気がないですよね(笑)
と言うより、今のファッション自体色気が無いと思います。
そうそう、昔のパンストは、今と違って「ふくらはぎ」も「かかと」もありました。

投稿: ミチ | 2014年9月 9日 (火) 14:38

小説に、ストッキングの線がまっすぐになっているかを気にする女性が出てきたりするのを読んでいたので、スコット先生の後姿を見て、「あ、シームが入っているわ!初めてみた!」と新鮮に感激してしまいました(笑)。
『あしながおじさん』では、孤児だった主人公が、お金持ちの同級生がはく絹のストッキングに対抗?して、自分も買ってしまった、というような場面がありましたね。
今では冷え取りのために売られている絹の靴下ですが、“絹のストッキング”という、贅沢な言葉に比べて、なんて色気にも魅力にも欠けるものでしょうか(笑)。

投稿: anne | 2014年9月 9日 (火) 09:26

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