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『差別表現の検証』

20101101 『差別表現の検証』
~マスメディアの現場から~
西尾 秀和/著
講談社

この本によれば、1970年頃からマスメディアにおいて、
過剰とも思える様々な表現規制が行われているそうです。

そう言えば、昔は普通に使っていた言葉なのに、
変換できない文字も多く、入力が面倒です…

差別語には、主に、被差別部落に関するもの、心身の障害に関するもの、
人種に関するもの、職業に関するもの、性同一性障害に関するものなどがあり、
元々は差別語ではなかったのに、差別的に使われたことにより、
差別語と認識されるようになったものが多いようです。

不快に感じる人がいる以上、
差別語や不快語は避けるべきとは思います。

が、たとえば文学作品などで、表現者に差別の意識が無いのにも関わらず、
「四つ辻」や「四つ角」を「十字路」や「交差点」に書き換えさせたり、
「部落、盲点、盲信、めくら判、めくら縞、片手間、片手落ち、狂喜乱舞、狂想曲、
ひとでなし、ろくでなし…」といった言葉まで、差別的と決め付け問題視するのは、
事なかれ主義としか思えません。

というより、表現の自由が守られていないと思えるのです。
(筒井康隆さんが浮かぶ…)

TVで昔の映画を放送する際も、以前は、音声が消された箇所が度々あって、
気分が悪かったものでしたが、9月に放送された『荷車の歌』(S34)では、
「現在の基準からすれば不適切な表現もありますが、オリジナリティを尊重し…」
という趣旨の断り文が、予め流れました。
作品なのだから当然です。

<目次>↓

<目次>

第一部 マスメディアの現状

1 過剰な自主規制と混乱
    「部落」の機械的な置きかえ
    「盲従」に新聞社広告局の“待った”
    臭いものにフタ
    「ことば」の問題ではない
    「言いかえ集」はその場しのぎ象徴
    「ジャーナリズムの思想的脆弱性」
    「差別語」と「不快語」

2 コミックにおける描きかえ
    「四本指」は描きなおし
    「内規ではそうなっている」
    黒人の描き方にとまどうマンガ家
    過剰な自主規制が多いのはなぜか
    「対等」の立場で話し合いを
    編集者にもとめられるもの

3 作品中の「会話」と差別語
    筒井作品『乖離』の提起する問題
    「表現の変更」を余儀なくされる書き手たち

4 辞典に収録されてない差別語
    若者にはわからない「三国人」
    歴史的事実の欠落

5 トラブルへの対処
    「おことわり文」に必要な要素
    「確認会」と「糾弾会」
    「人権研修」の効果
    極秘裏に勧められるトラブル処理

第二部 差別表現か否かを検証する

1 判断がむずかしい「狂」と「盲」
    きちがい・狂人/狂ったように…/たてつけも狂って…/時計が狂う/
    予定が狂う/きちがいが包丁を…/群盲/めくら滅法・めくら撃ち/
    めくら縞・めくら判/メクラミズスマシ・メクラウナギ/盲目/盲従・盲信 他

2 時代小説と差別表現
    めくら/びっこ/「唖(口偏に亞)十蔵」と呼ばれ… 他

3 こころと身体の障害差別に関連した表現
    自閉症/つんぼ桟敷/色盲/出生前診断 他

4 被差別部落差別に関連した表現
    士農工商○○/穢多・非人/血統/人非人/難民 他

5 在日コリアン差別に関連した表現
    北鮮・南鮮・鮮人/京城/チョンのつくことば/半島人 他

6 と場差別に関連した表現
    屠殺・屠殺場・屠殺人/残忍な牛殺し/食肉処理場のような… 他

7 少数民族差別に関連した表現
    エスキモー/インディアン/ジプシー/アイヌ/ホッテントット/ブッシュマン/
    酋長 他

8 職業差別に関連した表現
    用務員/バキュームカー/清掃作業員 他

9 同性愛差別に関連した表現
    同性愛=異常性欲/同性愛=趣味/「野茂」とホモの見分け方」/
    「気がつけばホモ」 他

10 判断が大きく分かれそうな表現
    片手落ち/手落ち/手がない/手短/片手間/手切れ/
    あの身なりからして… 他

補遺
あとがき
解説 和田宏(文藝春秋)

参考資料
差別関連語索引

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コメント

「父兄」の次は「父母」だったのでは?…確かに「父兄」は、家父長制そのものですし、父や母がいない子にとって「父母」は不憫ですから「保護者」が正解とは思いますが、現在、差別表現とされている言葉でも、昔は差別的に使っていなかったですよね。とは言っても、当事者は傷付いていたかもしれませんが…。それとは別に、「四つ辻」を「十字路」や「交差点」に書き換えさせることは、日本語を貧しくしていることになりませんか?重箱の隅をほじるように、差別表現と決め付けることで、新たな差別が生まれるようにも思うのですが…。

投稿: Michi | 2010年11月 2日 (火) 22:27

僕が姪の結婚のお祝いに書いた絵本の文章に父兄という表現を使っていたら元校長の義理の兄から「今は父兄って使ってはいけないから保護者に変えさせてもらうね」と言われた。ニュアンスちがってくるけどな。そういう世界で生きてきたから仕方ないのかなと思って「いいよ」と言っておいたけど差別用語ってなんか変だね。言葉の問題じゃなく社会の問題なんだけどな。チンバは、チンバ、メクラはメクラの社会で生きてきたけどみんな優しかったよ。今の方が、なんか嘘っぽいね。上辺だけでそれでいいのかと言いたいね。表現が違うと受け手も違った受け取り方をするから表現の自由は守らなければならないと思います。

投稿: katarohina | 2010年11月 2日 (火) 21:38

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