左 甚五郎
小さかった頃、近所の友達の家に比べて、家には本が沢山ありました。
両親とも、教育熱心とは言えませんが、
伝記ものや童話、絵本、探偵小説などがあって、
兄弟それぞれに、「小学○年生」や「りぼん」、少年向け月刊誌などを、
書店から定期購読していました。
その理由は、多分、書店の経営者が戦争未亡人で、
息子同士が同級生だったからだと思います。
家には、山根赤鬼、青鬼、杉浦茂などの漫画本(今のコミック)もあって、
それらは兄のものでしたが、私も時々読んでました。
微かに覚えているのは、長谷川町子さんの『やじきた道中記』や、
竹内綱義の『赤胴鈴之助』…
でも、題名も作者も分からないのに一番覚えているのは、左甚五郎の漫画でした。
他の職人たちが彫った丁寧で見事な龍は、遠くから見ると、ただのミミズ、
粗削りで嘲笑の的だった甚五郎の龍だけは、まるで生きているかのよう…
「茶運び人形」などの絡繰り人形や、
彼が発明した装置により、多くの人々が恩恵に与ったエピソード…
そして、お話の最後は、当然、日光東照宮の「眠り猫」でした。
20年程前のこと、日光東照宮の「眠り猫」を見る機会に恵まれましたが、
意外に小さくて、ちょっと拍子抜けしながらも、
左甚五郎が彫ったと信じ切って眺めていましたが、
最近、左甚五郎は伝説の人物でしかないことを知りました。
もし実在していなかったとしたら、「眠り猫」は誰が彫ったのでしょう…?
『新やじきた道中記』上・下巻と『似たもの一家』
長谷川町子/著 (姉妹社)
(子供の頃のではなく、3冊とも昭和47年に発売されたもの)
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コメント
実在したのか、しないのか、永遠の謎ですね。
私は「伝説」に一票…
職人は名を残さないと言いますから…
投稿: Michi | 2010年4月26日 (月) 20:35
実在の人と思っていました!
今この記事を読んでから、Wikipediaを読んだのですが、実在説もあるのですね。不思議です。
でも、誰かが作ったのは事実ですし、驚くほど素晴らしい作品(建造物)なので、やっぱり実在したと思いたいですね。
投稿: I Love アボンリー | 2010年4月26日 (月) 18:20