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『台所のおと』

随筆集『幸田文 台所帖』には、
小説『台所のおと』も収録されていました。

夫婦が営む小さな料理店が舞台、
料理人の佐吉は、病床で、調理場から聞こえてくる音を聞いている。
包丁の音、あたり鉢の音…

不幸な過去がある二人に、ようやく訪れたささやかな幸せ…
しかし妻は、医師から、夫の余命があと僅かと宣告される。

死期が近付く夫に夫に代わって、台所を預かる妻のあきは、
誰にも告げず、夫にも悟られぬよう平静を装いながら店を切り盛りしている。

佐吉も、妻が立てる音の微妙な変化に気が付きながらも、口には出さない。
残り少ない時を、何事もないかのように過ごす夫婦…

文筆家の父を持つ幸田文の、無駄のない洗練された文章に、
引きつけられました。
でも、“ステンレス”“冷蔵庫”“スケート”の言葉に違和感を覚え、
ハッと我に返ってしまったのです…

そうなんです…時代は戦後だったのです。
二人の古風な名前のせいでもないのですが、
明治や大正時代と錯覚してしまう雰囲気だから…

わずか13歳にして、父の露伴から家事一切を厳しく仕込まれた著者、
生母、姉、祖母との別れは幼くても、弟、夫、父の死を看取った、
その体験が作品に生かされているように思えました。

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