「我が子のために身体を鍛え、人生のすべてを賭けた父親」(「ザ・ベストハウス123」)
全身麻痺で生まれた息子リックのために、鉄人になった父ディック・ホイト…
アメリカに、こんな父がいたことを知らされました。
息子が全身麻痺で出産した直後、
医師から、家庭で育てるのは無理、施設に入れるよう勧められた父は、
迷うことなく、“自分が立派に育てる”と決める。
動かせるのは僅かに首だけ、
見えているのか、聞こえているのかさえ分からない人形のような息子…
然し、父は聞こえていると信じ、一緒にテレビを見ては話しかけ、字も教えた。
首の動きだけで入力できるコンピューターによって、
コミュニケーションが可能になったリックは、一般の中学校に入学し友達もできたが、
ある日父に、事故で全身麻痺になった子のためのチャリティーマラソンのチラシを見せ、
“僕も彼のために走りたい…でも無理だよね”と言う…
父は、
“全身麻痺の身でありながら、人の役に立ちたいという息子の純粋な気持ちを、
父親である自分が踏みにじるわけにはいかない”
と息子と一緒に走ることを決意…
車いすと息子の総重量45㎏を押して、8キロのコースを必死の思いで完走した父は、
この時37歳だった。
こぼれんばかりの笑顔…そして、
“サンキュー ダディ、一緒に走っていた時、
生まれて初めて障害者ということを忘れた…”
と言った息子。
“自分が息子にしてやれるのは、障害者ということを忘れさせてやること。
そして、決して諦めないことを伝えること”
と決心した父は、自らの肉体を改造し、
7年後の44歳の時、ボストンマラソンに車いすの息子(車いすとの総重量65キロ)
を押して参加し完走。優勝者の43分後のことだった。
“トライアスロンに出ませんか?”との誘いにも、
“息子と一緒に参加できないのなら意味が無い”
と断るが、息子に、
“自分のせいで出られなかった”
と思われたくないからと、
さらに身体を鍛えあげ、苦手な水泳も克服し、3年後にトライアスロンに参加…
水泳は、息子を乗せたボート(70kg)を繋いだロープを身体に括り付け、
1時間54分でクリア、
自転車は、特製の自転車に息子を固定し、180kmの距離を9時間55分でクリア、
最後のフルマラソンでは、65キロを押しながら、ひたすら走り、
14時間26分4秒でクリアした。
この時、父49歳、息子27歳だった。
ボストン大学で学位を取得し優秀な成績で卒業した息子リックは、
同大学のコンピューター研究室で、障害者用の補助器具の開発をしているとのこと。
現在69歳の父と48歳の息子は、
今もトライアスロンやフルマラソンに参加し続けているそうです。
一番やりたいことは、
“お父さんを車いすに乗せて押してあげること”
というリック…
スタジオ中が感動…録画をみた私も…
何事も、すぐ諦めてしまう自分が情けない…。
“諦めないこと。不可能なんてない、やれば出来るんだ。”
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