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ワタシの見たニッポン

ETV特集、「ワタシの見たニッポン」
~外国人による日本語弁論大会~を観ました。

1960年に始まって今年は50回目ということで、
過去に出場された方の現在も紹介されました。

昔に比べて、最近は欧米人より、アジアの人が多いような気がします。
今回は、特に中国人の女性が多かったです。

自転車に乗れない中国人の留学生は、
「中国人なら乗れるでしょ。」と言われたそうです。
「それは20年前までの中国」とのこと。先入観で決め付けては駄目ですね。

日本に近い韓国や中国、外見も見分けがつかないくらいなのに、
文化、考え方の違いには驚かされます。

韓国では、儒教の教えから、年上の人の前でタバコを吸ってはいけないとか。
では、赤ちゃんや子供や妊婦さんの前ではどうなのでしょうか?
やっぱり吸わないのでしょうね。当然、病人の近くでも。

ロシア出身の女性の、
「日本語は曖昧で難しい。日本人の『はい』は、必ずしも『イエス』では無い。」
には、大いに納得です。
それは、彼女が言うように、日本人が優しいから…?
そうとばかりとは思えませんが。

ウガンダの男性の、
「戦後という言葉が好き。ウガンダには戦後が無いから。
自分が生きているうちに、戦争が終結して欲しい。」には考えさせられました。
ウガンダにも、一日も早く戦後が来るといいのですが…

日本では戦後64年となり、戦争体験者の人々は別として、
その他の多くの日本人にとって、戦争は遠い過去の出来事でしょう。
でも、アジアの人達はどうなのでしょう?
少なくとも、中国人には過去形では無いようです。

それは、戦争被害国としての歴史教育がなされているからですが、
“今の日本人を見て!”と思わずにはいられません。
残酷非道な日本人、では無く、戦争こそが残酷非道なのです。

大切なのは、歴史を正しく伝えること…
かつて日本が何をしたか、次の世代に伝えようとしない日本の方が問題です。

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コメント

国家に限らず、加害者側というものは、加害者意識を持とうとせず、たとえ持ったとしても、とかく正当化したがるものです。それは分かってます。勿論、国家ともなれば、一つでも非を認めれば大きな損失を招くことも分かってます。歴史を正しくというのは、私の表現力の無さです。「事実を」に訂正します。

投稿: Michi | 2009年7月13日 (月) 22:17

正しい歴史というものは存在しないと思ってます。勝者の歴史があるだけですから。殴った者は忘れるけど殴られた者は一生忘れない。個人でもそうですからね。だから、自覚と反省の問題ではないでしょうかね。教育のカテゴリーにいれるという国策もゆがんでいるように思うのですが。個人的には理解しあえるのに国家となると構えてしまうのは利害が挟まるからでしょう。それより冷静に正しく現在と未来を観る事が大事だと思うのですが。カリブのモンクに、歴史なんか興味がない。奴隷の歴史だもの。と言われたとき目から鱗だったもの。エラソウニ言ってごめんなさい。でも、ちょっと気になったから。

投稿: katarohina | 2009年7月13日 (月) 20:33

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