『回想の太宰治』…(4)
妻として、誰よりも太宰治の近くにいた美知子さんですから、
作品の内容が“自分が体験したものとは違う”と感じたのも無理はないです。
作品は実際の出来事にインスピレーションを得て創作するものでしょうから、
私小説であっても事実と違って当然です。
そんな美知子さんも、
“小説は太宰の主観が加わったフィクションなのに、
作中の好ましく描かれていない人物を、『あのモデルは自分だ、事実と違う』
と太宰に酷い言葉で抗議する人の心理が分からない。”と仰る…
美知子さんに限らず、どんなに聡明な人でも、
当事者とそうでない場合とでは、思いが全く違ってくるのでしょうね。
『回想の太宰治』の中で印象に残ったものの一つが、
戦時中の食糧難の時代、時々農家から鶏を売って貰って帰宅すると、
…当時は最高の御馳走だったそうです…
あの虫も殺さぬ優しい太宰が、こればかりは自分の仕事と決めていて、
えいっとひねってくれる。
そして美知子さんの割烹着を着て、解体してくれたというエピソードです。
必ず「『トリは食っても、ドリ食うな』と言ってね。」と言いながら…
一度は、その真っ最中に来客があって、
美知子さんに目で合図し居留守を使わしたこともあったそうです。
妻の割烹着を着て、慣れた手付きで鶏を捌く夫…
普段とは違う夫を、頼もしげに見ている妻…
日常のちょっとした出来事に、ささやかな夫婦の幸せを感じました。
「トリは食ってもドリ(肺臓)食うな」と同じようなものに、
「カニは食ってもガニ(えら)食うな」もありましたね…
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