「天才の真実“東海道五十三次”は盗作だった?」
先日、偶然、「歌川広重 天才の真実“東海道五十三次”は盗作だった!? 」
という番組(再放送)に出会い、途中から保存したのですが…
「東海道五十三次」と言えば、江戸時代の浮世絵師、歌川(安藤)広重の傑作で、
印象派の画家達に影響を与えた作品としでも有名です。
定説では、広重が御用絵師として幕府の行列に加わって、
実際にスケッチしたとされていますが、これは後から作られた話のようで、
浮世絵は庶民の風俗画ですから、狩野派や土佐派の絵師ならともかく、
広重が幕府の行列に加わり、旅することなど有り得ないそうです。
それに、浮世絵は、依頼を受けた絵師が、版元の意向に沿った作品を描くもので、
木版画では、絵師、彫師、擦師の完全分業、「東海道五十三次」の版画にしても、
一枚目の「日本橋」が売れてこそ、二枚目が作られるといいますから、
当時、無名(貧乏)の広重が、旅する余裕は無いのです…
番組では、広重の「五十三次」とは別に「謎の東海道五十三次」が紹介されました。
その絵の存在を知らなかった私の驚きと言ったら…
それもそのはず、この「謎の東海道五十三次」が発見されて以来、
美術界では、タブーとされているとのことでした。
広重の「五十三次」と「謎の五十三次」はあまりに酷似していたばかりか、
写生場所とされる場所で検証した結果は、「謎」の絵の方が、
実際の風景に忠実だったのです。
しかも、53枚のうち、全く違う絵が4枚あって謎は深まるばかり…
ところが謎の絵には、「司馬江漢」の名があったのです…
司馬江漢は、広重より50歳年上で、
京~江戸間を3回旅していて、日記やスケッチも残されているとのことでしたが、
本当に司馬江漢作かどうかについては、甚だ疑わしいようです。
「江漢に江漢なし」という言葉通り、
筆跡鑑定からも、印章鑑定からも、顔料鑑定からも、怪しいようでした。
また、「東海道名所図会」という、今で言う「旅行パンフレット」にも、
酷似する絵があったのですから…
ただ当時は、盗作とか著作権とかいう観念は無かったのでしょうね?
「旅ブーム」に目を付けた版元が、
無名絵師の広重に描かせ、広重が何かの絵をお手本にしたことまでは、
どうも本当らしいのですが、
「謎の五十三次」の作者については分からず仕舞いで、更に謎は深まりました。
それで、タブーなのでしょうか?
ところで、番組とは関係無いのですが、
広重の東海道五十三次の中の「蒲原(夜之雪)」という一枚が、
昔から不思議でした。
不思議と言うより、無知故の疑問なのですが、蒲原には雪は降らない筈…
たとえ江戸時代が寒かったとしても、あれ程の雪は疑問…?
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