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「神聖喜劇ふたたび」

「テレビ依存症」とまでは行かないまでも、番組表をチェックし、
ドキュメンタリー番組を録画するものの、見るゆとりが無いのが残念です。

先日の、ETV特集、
「神聖喜劇ふたたび~作家・大西巨人の闘い~」、ようやく見ました。

1919年生まれの作家・大西巨人の代表作である長編小説『神聖喜劇』が
漫画化されたことにより、若い人達にも知られる様になったそうです。
そして、映画化も進められているのだとか…

番組は、西島秀俊(主人公陸軍二等兵・東堂太郎)、
塩見三省(陸軍軍曹・大前田文七)、
伊藤淳史(冬木二等兵)、その他の俳優さんの朗読劇で再現していました。

軍隊とは、正に不条理の世界、職業軍人や、志願兵はともかく、
愛国心を大義名分にして、
ある日突然、一枚の紙切れで、人殺しのために召集された男達。

軍隊には、数え切れないほどの規則があった以上に、
理不尽で陰湿ないじめと暴行が横行していたのも当然と言えば当然でしょう。

言葉使いもその一つ、如何なる場合であっても、
決して“知りません”と言ってはならない。
必ず“忘れました。”と言わなければならない。

しかし、これは軍の規則に明文化されている訳では無く、
上級者が下級者に対して責任転嫁するための方式でしかなかったようなのです。
作者の言葉によれば、
「我が国の軍隊とは、累々たる無責任の体系ということ。」

戦場において、虐殺と残虐の限りを尽くした班長の大前田文七も、
普通の農民だったわけで、権力者の犠牲者でしかない。

勿論、反戦活動をしていたにも関わらず、
銃を持たされた、作者の大西氏もその一人です。

また、西島さんとの対話の中では、
「今の空気は、満州事変の前の空気を感じる。」
国民が気付かないうちに、風向きを変えていくのが国家、
気付いた時には、“時既に遅し”なのでしょう。

番組を見て、大西さんの素晴らしい言葉を聞く事が出来ました。
「人間は、どういう嫌で堪らんようなところからでも、
そこから、プラスのものを引き出すことを、しなければならない。
やれば出来るし、すべきである。」
その様に出来れば良いのだけれど、現実は中々難しい。

余談ですが、原作を読んだりした戦争映画は、
『ジョニーは戦場へ行った』『西部戦線異状なし』『7月4日に生まれて』
『プラトーン』等々、数え切れないほどありますが、
同じ戦争映画を見ても、
反戦作品と受け取る人と、戦争を賛美する作品と受け取る人がいます。
滑稽で、尚かつ恐ろしいことです。

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