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『あゝひめゆりの塔』

『あゝひめゆりの塔』(1968年)は、覚悟して観ましたが、やっぱり重かった!
(この映画は、終戦記念日頃に観るべきですね。)

まず、“明治百年記念”の文字が映し出されましが…
“そういえば、そんなこと言っていた時代もあったっけ…”
遠い記憶が蘇りました。 

「ウィキペディア」によれば、“ひめゆりの塔”は、数10センチの高さで、
塔の名前は「ひめゆり学徒隊」の隊員の母校、沖縄第一高等女学校の校誌名
「乙姫」と、沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」を組み合わせたもので、
元は「姫百合」だったとのこと。
作品中、何度かユリの花が映っていましたが、花とは無関係だそうです。

ネタバレ↓

ところで、和子(吉永小百合)達が、師範学校女子部の運動会で、
「ドナウ川のさざ波」の曲に合わせて演技している時に、
来賓の軍人が校長に、
「…女は、あまり堅実過ぎても面白く無い…
女の先生を作る学校だから売れ残りの不美人ばかりと思っていたら、
中々別嬪が揃っている。校長という商売もいいなあ…(意味のことを)」
と言っていました。
このセリフ、今なら、間違いなく問題になるでしょうね。

沖縄戦を描いているのだから当然なのですが、
絶叫、号泣、怒号、の連続…しかもアップで…

実際は、あんなものじゃ無い、ということも判ってるつもりですが、
それでも、余りにも多過ぎたため、不謹慎かも知れませんが疲れました。

いつもなら、もらい泣きしてしまう泣くシーンも、不思議に冷めてしまって…
泣けたのは、子供達の「ふるさと」の歌声でした。
この曲は、いつ聴いても、ジーンときますね。

違和感を覚えたのは、誰もが防空頭巾を被っていなかったことと、
引率の二人の男性教師が長髪だったこと…有り得ないでしょ?

幸せなことに、日本では太平洋戦争以後、戦争は起こっていませんが、
地球上では、今こうしている時も、戦争が起こっているのですよね。

破壊と殺戮は、絶え間なく行われ続けている…
戦争によって儲かる人がいる限り、永久に地球上から無くならないでしょう。

民族と宗教の違いや、あらゆる利害を乗り越えて、
平和に共存出来る世の中というのは、決して来ないのでしょうね。
それは、見果てぬ夢でしかないのでしょう…

残念なことに、人間はそこまで進化していないのかも知れません。

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